神社・仏閣

2013年2月 8日 (金)

【神社仏閣】東京十社巡り⑨ 品川神社

幸い、3月並みの陽気となったこともあり、東京十社の最後の一つ、品川神社に参拝しました。3日は節分行事で混雑する可能性があるので、ちょうどよかったです。

東京十社の中では、もっとも南にあり、京浜急行本線で品川から2駅、新馬場(しんばんば)駅からすぐ、第一京浜沿いにあります。

Img_83861 ここの住所は「北品川三丁目」となっています。

Img_83851 ここで疑問に思う人もいるでしょう。品川から横浜方面に向かっているのに、なぜ品川なのかと。

これは、よく言われていることですが、品川駅は品川区ではなく港区にあり、このあたりが本来の品川区の北側にあります。いわば、品川駅が“嘘つき”な訳です。
この周辺は、東海道品川宿として栄えた場所で、各所にその表記が見られます。品川宿は、日本橋を起点とする東海道の最初の宿場町で、かつては、諸大名が江戸入りする前に豪遊したとかいう話が伝わっています。

Img_83761 さて、品川神社ですが、御祭神は、天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)、宇賀乃売命(うがのめのみこと)、素盞鳴尊(すさのおのみこと)。

1187年、源頼朝が安房国の洲崎明神(現・千葉県館山市の洲崎神社)の天比理乃咩命を当地にお迎えして、海上交通安全と祈願成就を祀ったのが創始とされています。
その後、徳川家康が関ヶ原の戦いの前に戦勝を祈願し、勝利の後、祈願成就の御礼を奉納しました。徳川将軍家の庇護を受け、2度の火災の際にも再建されています。

明治になり、明治天皇より准勅祭神社と定められ、東京十社として現在に至っています。

Img_83771 社殿は戦災を免れましたが、老朽化が著しく、現在の社殿は1964年に再建されたものです。

祈願成就の神様であり、今の時期を反映してか、入試合格を祈願する絵馬が多く見られました。

さて、これでようやく東京十社巡りが完成しました。

Img_83971 Img_83961専用の御朱印帳もすべてが埋まりました。

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2013年1月13日 (日)

【神社仏閣】続・港七福神めぐり

昨日の続きです。
今日は、地下鉄日比谷線でストレートに六本木に向かいます。

地下鉄駅から六本木通りに出ると、「出雲大社東京分祠」のノボリが立っていました。港七福神には含まれていませんが、立ち寄ることに。

Img_82071 ここの境内は、なんとビルの三階にあります。

狭い境内ですが、さすが有名神社だけあって、たくさんの人であふれていました。
ここの礼拝作法は、「二礼四拍子一礼」です。

Img_82081 今年は大遷宮の年になります。島根県の出雲大社も賑わうことでしょう。

さて、舗道を歩く人々が六本木ヒルズに吸い込まれる中、ここを通り過ぎ、櫻田神社へと向かいます。

Img_82131 Img_82171 寿老人は本殿の右手に祀られています。

Img_82121神社の前からのアングル。手前がグランドハイアット東京。後方が六本木ヒルズです。

安倍首相はこのホテルがお気に入りのようで、正月休みをここで過ごしたという報道がありました。

ヒルズの中を通り抜け、六本木通りに出ることにします。

Img_82241 テレビ朝日社屋の横にある毛利庭園。「報道ステーション」の天気予報でおなじみの場所です。

なお、この庭園の毛利家とは、長州藩の毛利家ではなく、支藩の長府藩のもので、長州藩の屋敷跡にあるのは、東京ミッドタウンに隣接する檜町公園です。

六本木・麻布には坂が多く、けやき坂、さくら坂といった坂がありますが、こんなへんてこな名前の坂があります。

Img_82261 「芋洗坂」なんていう坂が、六本木交差点そばにあるということだけでも違和感があります。さらに麻布寄りには、「暗闇坂」「狸坂」という坂もあります。もともと六本木の地名は、六本の木が生えていたことから付けられたそうで、その昔、この地は寂しい場所だったのでしょう。

六本木交差点から、外苑東通りを歩きます。

Img_82301_2 右手には、六本木のもう一つのランドマーク、東京ミッドタウンを見えます。

外苑東通りから少し入った所にあるのが天祖神社です。

Img_82321 Img_82341 東京には、にぎやかな表通りから一本裏通りに入ると、驚くほどに静かな空間があることが多いのですが、ここはまさにそんな感じの場所です。
ここは福禄寿の担当です。

これで、二日間にわたった港七福神めぐりは完了です。まだ時間があるので、この後、乃木坂へと向かいましたが、長くなるので割愛します。

Img_82561 完成した港七福神の色紙。

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2013年1月12日 (土)

【神社仏閣】港七福神めぐり

例年だと、京王百貨店駅弁大会の開催中は、このブログの最大の活躍時期で、アクセス数も大きく伸びるのですが、体調面に不安を抱えており、食べ物に制限がある現状では、高カロリーでバランスの悪いものが多い駅弁は避けざるを得ません。
上ちゃん、稲口町さんをはじめ、期待されていた方には申し訳ありませんが、今年は駅弁大会は封印します。会場に行って報告だけでも、とも考えましたが、さすがに駅弁を目の前にして何も買わないで帰るのはきついので・・・。

さて、何か神社仏閣ネタに偏ってしまっていますが、健康祈願と歩くことが健康にもいいと思われるので、本日は、港七福神めぐりに出かけました。
七福神めぐりは、7日までという所が多いのですが、ここは15日まで受け付けているので。

港七福神は、東京都港区にある寺社に祀られており、全部で8ヶ所あります。なぜ8ヶ所なのかというと、ここには、全国にも珍しい、七福神の他に宝船を祀る寺社があるためです。

港区内をぐるりと回るように所在しており、全部回るには結構距離があります。
どこから回るか迷いましたが、地下鉄南北線六本木一丁目駅で下車し、久國(ひさくに)神社からスタートします。

Img_81821 にぎやかな六本木通りから少し入った所にひっそりと鎮座しています。布袋尊を祀っています。

ここから六本木通りをミッドタウン方向に歩く人が多いと思いますが、あえて南北線で麻布十番に向かいます。

Img_81921 十番稲荷神社は、麻布十番駅を出てすぐの所にありますが、近いのは都営大江戸線の方で、南北線のホームからは長い通路を上り下りしなければなりません。

ここに宝船が祀られています。

Img_81891 ここのもう一つの名物は、「無事かえる、若がえる」を祈願する「かえるさん」の石像です。

Img_81941 坂を上る途中にある、大黒天を祀る大宝寺。前の坂は、大黒坂と呼ばれています。

Img_81961 さらに歩いた所にある氷川神社。毘沙門天の担当です。なお、赤坂にある、東京十社の一つである氷川神社とは別です。区別するために、「麻布氷川神社」と呼ぶこともあるようです。

このあたりは、閑静な高級住宅街という言葉がぴったりのロケーションです。

再び麻布十番駅に戻って、今度は都営大江戸線に乗って一駅、赤羽橋に向かいます。
歩く距離が長いと思い、地下鉄を利用しましたが、南北線と大江戸線はどちらも駅が深い所にあり、ホームまで行って電車に乗るよりは歩いた方が早かったかも知れません。

Img_82011 東京タワー下交差点の所にある宝珠院。弁財天の担当です。

Img_82021 東京タワーの真下を通ります。スカイツリーができて、話題はそちらに移りましたが、まだまだ存在感があります。

Img_82061 熊野神社に到着。恵比寿の担当です。

ここで、六本木の2社を残して、本日はタイムアップ。道中、やや迷った個所もあって、予定より時間がかかってしまいました。

続きは明日。

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2013年1月 6日 (日)

【神社仏閣】下谷七福神めぐり

本日は、下谷七福神めぐりを敢行しました。

下谷(したや)とは、台東区の一部、上野を中心とした地区のことで、東京が23区になる前は、現在の台東区は浅草区と下谷区に分かれていました。
この地には、「下谷」という住所がありますが、ここでいう下谷は、旧下谷区のことであると解釈していいでしょう。

「下谷七福神めぐり」は全部で7ヶ所。上野より北、山手線の東側に集中しています。巡礼コースとしては、地下鉄日比谷線三ノ輪駅からスタートするのと、JR鴬谷駅からの逆コースのいずれかが推奨されています。

そこで、日比谷線に乗って三ノ輪駅へ。駅には、東京メトロ製のパンフレットがあり、それを入手して出発です。

Img_81111 まずは、三ノ輪駅から約3分の寿永寺。布袋尊の担当です。
ここで色紙を入手。色紙は3種あるようです。

Img_81141南に10分ほど歩いて飛不動尊へ。このあたりは下町の住宅街で、商店がポツリポツリとある程度。とても静かです。

Img_81161 ここには恵比寿神が別に祀られています。

途中、鷲(おおとり)神社にも立ち寄りましたが、下谷七福神には含まれていないので割愛します。

Img_81261 さらに15分ほど歩いて弁天院へ。細い路地の中にあり、見逃しそうでしたが、何ヶ所か表示が出ていて助かりました。
弁財天の担当ですが、ここは特に「朝日辨財天」と称しています。

Img_81291 昭和通りを15分ほど歩き、地下鉄入谷駅近くにある法昌寺に到着。

Img_81281_2 ここは毘沙門天の担当。

それにしても、昨日の日本橋七福神に比べると、人が少ない。ここには数人いただけでした。

Img_81371_2 すぐ近くにある英信寺。大黒天の担当ですが、ここは「三面大黒天」と称しているようです。

Img_8139110分ほど歩いて、言問(こととい)通り沿いにある入谷鬼子母神です。
「恐れ入谷の鬼子母神」のシャレで、名前だけは知っているという人も多いでしょう。

Img_81411 福禄寿が祀られています。入谷鬼子母神は、正式には眞源寺と言うそうです。

Img_81501 いよいよゴール間近です。JR鴬谷駅近くまで10分ほど歩くと、元三島神社に着きます。

周辺は、決して好ましいとは言えない、というより風紀的には最悪の環境にあると言っていいでしょう。
石段を上った所にあります。ここは寿老神の担当です。

Img_81751 これで、下谷七福神めぐりは完了です。色紙はイラストのものを選びました。

昨日の日本橋七福神に比べると、歩く距離は倍以上ありますが、参拝を待たされることがなかったため、ほぼ同じ3時間ほどで完了しました。

各地にある七福神の中でも、この下谷七福神はあまり知られてないほうの部類に入るのか、巡礼している人はまばらでした。
しかしながら、この下町情緒あふれるこの地区こそ、新年の巡礼にふさわしいと感じました。東京にお住まいの方は、ぜひ一度。

 

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2013年1月 5日 (土)

【神社仏閣】日本橋七福神めぐり

皆様、明けましておめでとうございます。
本年も、「隅田川散歩」のブログをよろしくお願いします。

昨日、東京へ帰ってきましたが、今日、明日は休日ということで、「日本橋七福神めぐり」をしてみることにしました。
これは、新年1週間限りであるため、これまで、帰郷のため不在であったり、仕事が始まってしまったりで、七福神めぐりをする機会がありませんでした。今年は、これを見込んで早めに帰ってきた訳です。

ちょうどタイミング良く、1月3日、東野圭吾原作「麒麟の翼~劇場版・新参者」がテレビ放映されました。この「麒麟の翼」というのは、日本橋の橋上にある石像のことで、事件は日本橋で起こりますが、被害者が日本橋七福神めぐりをしていたという設定で、これが事件の重要な鍵となっていました。

さて、日本橋七福神ですが、全部で7ヶ所を巡礼します。七福神なのだから7ヶ所なのは当然と思われるかも知れませんが、各地の七福神では7ヶ所でない所もあります。
7ヶ所より少ない場合は複数の福神を担当する所があり、7ヶ所より多い場合はダブる福神があるということになります。
かくいう日本橋七福神も、昨年まで實田恵比寿神社が含まれていましたが、今年から外れ、7ヶ所になったものです。

もう一つ、ここの特徴は、すべて神社で占められていること。七福神は宗教を超えた日本独自の信仰であるため、神社と寺院で構成されていることが多く、ここはむしろ珍しいと言えます。

さらに、ここは狭い範囲に集中しているため、短時間での巡礼が可能です。

Img_80801

パンフレットには、出発点は定めていないと書かれていますが、色紙か宝船を入手してから巡礼するには、水天宮から出発するのが便利です。

Img_80741 水天宮は、普段から参拝客が多いのですが、この通りの人出。

Img_80751 ここは、本殿とは別に弁財天が祀られています。

Img_80771 続いて、人形町の新大橋通りをやや入った所にある松島神社。大黒天の担当です。
東京の神社は、このようにビルの一階にあることもあります。

Img_80811 人形町の大門通りを少し歩いた所にある末廣神社。昆沙門天の担当です。

Img_80861_2 浜町の久松警察署向かいにある笠間稲荷神社。寿老神の担当です。

この界隈は、下町ではありますが、一大ビジネス街でもあるため、人通りは平日の方が多く、まだ正月休みの所も多いため、閑散としています。その中で、七福神めぐりとおぼしき人の姿が目立っていました。

Img_80891_2 少し歩いて、堀留町の椙森(すぎのもり)神社へ。ここは恵比寿神の担当です。

Img_80971 再び人形町方面へ戻って、小網町にある小網神社に到着。ここには、とりわけ長い行列ができていました。
ここは入口も境内も狭く、福禄寿とともに弁財天も祀られており、2ヶ所に参拝する人がいるため時間がかかるようでした。

なお、パンフレットも色紙にも、福禄神のみ記載があり、日本橋七福神では弁財天は水天宮の担当で、ここではないようですが、別途、朱印帳に弁財天の朱印をいただくことはできます。

Img_80981 最後に人形町に戻って茶ノ木神社へ。ここは、私の職場にもっとも近く、毎日のように前を通っていますが、普段はあまり参拝している人の姿を見かけません。布袋尊の担当。

Img_81101 これで巡礼は終了。色紙の朱印も揃いました。今年から七福神めぐりから外れた實田恵比寿神社の記載があります。

日本橋七福神めぐりは、歩く距離は短く、土地勘もあるので、もっと短時間で終わるものと思っていましたが、混雑による待ち時間が予想外に長く、約三時間かかりました。

さて、明日はどこへ行こうか。考えていることはありますが、今年も「毎日がミステリー」でありますから、明日になってみないと自分でもわかりません。

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2012年11月 4日 (日)

【神社仏閣】東京十社巡り⑧ 王子神社

ブログ更新が停滞気味なのも、なかなか新しいネタが仕入れられないからなのですが、体調も回復してきたことだし、止まったままになっている「東京十社巡り」から再開することにします。

残るのは2社となっていましたが、当然のようにこの2社はやや遠い場所にあり、それゆえになかなか足が向かなかったのですが、歩くことは健康にも良いので、新しく購入したウォーキングシューズを履いて出かけます。

目的地の王子神社は、言うまでもなく王子にあります。というより、この「王子」という地名は、この王子神社からきているのだそうです。

王子へは、JR京浜東北線か地下鉄南北線が通じています。東京都北区にあり、北区役所もここにあります。また、唯一残された都電である荒川線も駅前の道路上を走っています。

王子神社は、王子駅のすぐ近くにありますが、駅を出ると、飛鳥山公園のほうへ向かう人が圧倒的に多く、境内の参拝客はまばらでした。

Img_7888 自分の影が写ってしまいました。

Img_7887 この神社の御神祭は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱で、総称として「王子大神」と呼ばれています。

この呼称は、紀州熊野三社(本宮・那智・新宮)の御子神さまのものですが、この神社は、1322年、熊野三社から王子大神をお迎えしたのが始まりであるとされ、これがこの地の名にもなったということです。

江戸時代には、紀州徳川家の出身である八代将軍吉宗が、飛鳥山を寄進し、桜を植え庶民の憩いの場としました。それが現在の飛鳥山公園です。

残念ながら当時の社殿は戦災で焼失し、戦後、黒塗りの権現造りの社殿が再建され、現在に至ります。

王子の街は、特に用がなければ行く機会があまりないのですが、庶民的な雰囲気が漂い、駅の近くに王子神社や飛鳥山公園があり、一度訪れても損はない街だと思いました。

さて、東京十社も、残すところ品川神社のみとなりました。こちらはもっとも南にある神社になります。年内には制覇したいと考えています。

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2012年9月24日 (月)

【神社仏閣】出世の石段がある愛宕神社

先にお知らせした通り、このブログも、方向転換せざるを得なくなり、また、当分の間、あまり出歩くことができない状況です。

ただ、いつまでも更新せずにいるのもどうかと思い、ここまでに撮りだめした画像を用いて記事を書くことにしました。

さらに、ここまでは、東京に関するものは、すべて【東京】というカテゴリーに分類してきましたが、これを細分化し、メインテーマになりつつある神社・仏閣に関する記事は【神社仏閣】とし、東京(江戸)の歴史・文化を語る場合は【歴史文化】とすることとしました。
なお、関東地区以外の神社仏閣等に関しては、従来通り【旅】とします。

ここまで、東京十社に関して記事を書いてまいりましたが、もちろん、東京には、それ以外にも神社はたくさんあります。その中で、特に特徴ある神社として紹介したいのが、港区愛宕山にある愛宕神社です。

Img_7547 この神社は、愛宕山の上にあり、参道から神社に至る石段は、「出世の石段」と呼ばれています。

Img_7545 かなり急な石段です。86段ありますが、江戸時代は68段で、現在よりさらに急であったそうです。

一昨日から、「出世の石段祭」が開催され、この石段を神輿が登ったはずですが、行くことはできませんでした。

Img_7537 上から見ると、この通り。

Img_7536 愛宕神社の総本山は京都にあり、愛宕神社と名の付く神社は全国にありますが、ここは、1603年、徳川家康の命により防火の神様として祀られたのが始まりです。
主祭神は火産霊命(ほむすびのみこと)=火の神で、配祀として、水の神、山の神と日本武尊(やまとたけりのみこと)が祀られています。

Img_7525 敷地内には、桜田烈士の記念碑もあります。桜田烈士とは、桜田門外の変で井伊直弼を討った水戸藩士のことで、彼らがこの愛宕山を集合場所にしていたことから、この記念碑が立てられました。

この山を愛宕山というのは、愛宕神社があるからで、江戸時代はこの周辺の武家地を「愛宕下」と呼んでいたそうで、現在もこのあたりの住所は「港区愛宕」です。

Img_7541 石段を上るのはきついという人のために、エレベーターもあります。これで、隣りにあるNHK放送博物館にも行くことができます。

この放送博物館は、かつてNHKの放送局があった場所で、日本初の正式なラジオ放送は、ここ愛宕山から発信されました。

ここは、東京観光のバスなどが発着する場所ではありませんが、放送博物館ともども、東京の歴史を知る上で、おすすめスポットです。

Img_7552近くには、こんな神社も。「虎ノ門金刀比羅宮」です。
言わずと知れた、香川県の金刀比羅宮の分霊が祀られています。

Img_7550  この虎ノ門琴平タワーの敷地内にあります。地下鉄虎ノ門駅に近く、至近距離に虎ノ門病院やホテルオークラがある、絶好のロケーションです。

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