ミステリー

2012年2月13日 (月)

【ミステリー】読めない本??

先日、神保町のミステリー専門古書店を回った後、「キッチン南海」→「喫茶さぼうる」という、“私的神保町黄金コース”を堪能してきた。

神保町は、さすが古書の街というだけあって、古書店も専門化されており、入手困難なミステリーは専門店に行かないとない。神保町には、ミステリー専門古書店が数軒あり、これに三省堂書店古書部を回るのが、個人的に定番化している。

ところで、あるサイトに面白いことが書いてあった。

「読めない本」の話である。まず、本屋にも古本屋にもない本は、入手できないから「読めない」。また、持っている人は、ありがたくてとても「読めない」。さらに、こうした本は、読んでも面白くないので、「読めない本」なのだそうである。

某ミステリー専門古書店には、こうした「読めない本」がショーケースに誇らしげに展示してある。
超入手困難本としてマニアには有名な、パトリック・クェンティン「俳優パズル」、マージェリー・アリンガム「反逆者の財布」、ヘレン・ユースティス「水平線の男」など、いずれも1万円以上の値が付いている。新訳が出た、F・W・クロフツ「フレンチ警視最初の事件」、ヘレン・マクロイ「殺す者と殺される者」も依然、高値のままである。こういった作品は、旧訳がコレクターズアイテムになっていると思われ、読むためではなく、収集が目的であるのだろう。
ここには、なんとコナン・ドイル「クルンバーの謎」もあり、ドイルにも入手困難本がある(ただしホームズものではない)ということである。

ここにあげたのは、すべて創元推理文庫の初期の作品である。ポケミスにも入手困難本はあるが、ポケミスは、突然再版が出たりするので、創元のほうが超が付く入手困難本は多い。
最高値は、クェンティン「女郎ぐも」で、26,250円。

他では、六興キャンドルミステリーズも入手困難本の宝庫で、フランク・グルーバー「遺書と銀鉱」、G・D・H&M・コオル「謎の兇器」などが高値で展示されている。

この店は、値付は高めであるように思うが、これらの本は、amazonではバカみたいな値が付いているので、店頭で買った方がまだ安い。とはいえ、さすがに1万円を超えるとなかなか売れないようである。

ある古書店の店主のブログに、「文庫に1万円以上付けるのは気が引ける」と書いてあったのを読んだことがあるが、この店主のような人の店を探して買い求めたいものである。
事実、入手困難本が、ほどほどの値段でさりげなく置いてあることがあり、これに出会えるかどうかは、タイミング、運であるから、時々、古書店めぐりをする価値があるのである。

先のサイトに、こういった本はありがたくて読めない、と書いてあったが、これも真実に近い。実は、ディクスン・カーの「幽霊屋敷」を入手して読んでいるうちに、表紙を傷付けてしまったことがあり、やはりこういう本は読まないでしまっておくに限る、と思った次第である。

P.S いつの間にか4万アクセスを超えていたようです。皆様、ありがとうございます。

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2011年11月10日 (木)

【ミステリー】入手困難本のおすすめ度①

このブログのミステリーカテゴリーの読者の方には、コアなミステリーファンも多くいらっしゃるようです。そこで、現在、絶版等によって入手困難な作品のうち、私が既読の作品について、独断により、入手して読む価値があるかどうかを論じてみたいと思います。

最初は、年代別に紹介していこうと思いましたが、特に古典に属する作品は、長すぎて、入手はしたものの未読のものが多く(汗)、順不同とさせていただきます。

なお、入手困難度は、古書店やネットなどの流通度と価格から判断し、おすすめ度は、主観により判断させていただきます。

         

「誰が駒鳥を殺したか?」 ハリントン・ヘキスト

創元推理文庫(1960初版)/別冊宝石87号(1959)

入手困難度 ★★★★☆  おすすめ度 ★★★☆☆

ヘキストは、イーデン・フィルポッツの別名。
創元版は、古書店でもネットでもほとんど見かけることがなく、別冊宝石のほうがまだ入手しやすい。

かつて、ヴァン・ダインが、英国ミステリーBEST11に選んだこともあり、タイトルだけは知っているというファンが多いようである。タイトルのインパクトもあってか、「復刊ドットコム」でも復刊希望がきわめて多いのだが、約50年間にわたって絶版のままである。

このタイトルは、マザーグースの一節であるが、物語そのものはマザーグースとは関係ない。ただ、作中に、子守唄の一節であるとの記述があり、マザーグースからの引用であることは間違いない。

この作品は、人によって評価が分かれるのではないかと思われる。特に、「駒鳥」の渾名で呼ばれる人物に関して、共感できない人も多いのではないか。舞台設定そのものは、現代のテレビドラマにもありそうな話であるが、そこに殺人事件がからみ、そしてこの結末はちょっと・・・、という向きもあろう。

トリックそのものは奇抜であるし、伏線も張られていて、本格ミステリーとして及第点であるように思う。問題は、登場人物の性格と殺人の動機、そして結末にあり、これらが我が国の読者に受け入れられなかったがために、低評価されてしまったということではないか。

個人的には、入手して読んでみる価値は十分にあると思うが、入手困難度(値段の高さも含めて)を勘案すると、おすすめ度は中程度といったところか。

      

「オシリスの眼」 オースチン・フリーマン

早川書房(1951)/別冊宝石109号(1961)

入手困難度 ★★★☆☆  おすすめ度 ★☆☆☆☆

フリーマンのソーンダイク博士ものの長編である。
早川版はきわめて入手困難。抄訳ではあるが、別冊宝石のほうが無難。

1920年に、「新青年」創刊号に掲載されており、古くからわが国でも知られた作品で、戦前から終戦直後にはBEST10に挙げる識者が多かった作品である。
ところが、近年では、この作品を高く評価する人はいない。というのも、この作品のメイントリックは、当時においては奇想天外であったのだろうが、現代には通用しないものになってしまったからだ。

こうした事情から、今後この作品が復刻される可能性は低く、その意味での希少価値はあろうが、コレクター以外の、純粋にミステリーを読みたい人にはおすすめできない。

       

「百万長者の死」 G・D・H&M・コール

創元推理文庫(1959)/東京創元社世界推理小説全集(1956)/東都書房(1964)

入手困難度 ★★☆☆☆  おすすめ度 ★★☆☆☆

この作品は、なぜか文庫版のほうが入手しにくい。東都書房版は、これも絶版のノックス「三つの栓」が併載されているのでお得である。

この作品も、ヴァン・ダインのBEST11に選ばれており、江戸川乱歩も高い評価を与えているのだが、50年近く絶版状態が続いている。近年のランキングで名前が挙がることはなく、もはや過去帳入りしてしまったような扱いを受けている。

コール夫妻は、社会主義経済学者であるが、ミステリーも数多く手がけている。しかしながら、わが国では、邦訳も少なく、それも軒並み絶版となっており、新訳が出る気配はない。

主人公のウィルスン警視は、天才的な探偵ではなく、地道に捜査を続けるタイプであるが、これが作品のテンポの悪さにつながっているのであろうか。この作品が邦訳されて以降、アガサ・クリスティーなど、テンポのいい「現代的」な作品が次々と邦訳され、読者がそちらの方に流れていったということだろう。

また、この作品では、事件が起こった後も、さまざまな経済的謀略が描かれているが、これが現代の日本人には理解しがたいものであった。この作品の書評では、こういった部分が批判されているのを目にする。

さらに、この事件の結末が問題で、わが国では、「悪代官と越後屋は捕えられなければならない」のであり、「大岡越前は裁きの前に逃げ出してはならない」のである。(ネタバレを防ぐためこのようなたとえにした)
勧善懲悪を好む国民性には、この結末は受け入れられにくかったというべきであろう。

全般に、ミステリーとしても物足りなさを感じる作品であるが、古書としてはさほど高額ではない(文庫版を除く)ので、見つけたら買ってみる手はあるか、といったところか。

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2011年8月15日 (月)

【ミステリー】本格黄金時代の幕開け E・C・ベントリー「トレント最後の事件」

久しぶりにミステリーネタを書きます。大震災以降、ミステリーを自粛していた訳ではないのですが、ミステリーは平和な時代にこそ受けるものであるようなので。

ミステリーの世界には、“本格黄金時代”と呼ばれる時代がある。第一次世界大戦から第二次世界大戦までの間のつかの間の平和な時代に、本格ものと呼ばれるミステリーが大流行した。本格ミステリーの名作とされる作品の多くが、この時代に発表されている。

ここで、ミステリーの誕生から本格黄金時代に至るまでの流れをおさらいしてみよう。

1841年、エドガー・アラン・ポーが「モルグ街の殺人」を発表したのが、推理小説の誕生とされている。ポーは、オーギュスト・デュパンという探偵を登場させ、探偵が事件を推理するという新しいジャンルを誕生させた。
ただ、デュパンが登場する作品は3作しかなく、ポーの他の作品も、ミステリーに分類されるのは2作のみで、しかもすべて短編であった。

その後、1866年になって、フランスのエミール・ガボリオが「ルルージュ事件」でルコック探偵を登場させたのが、世界最初の長編推理小説である。
次いで、1968年、ウィルキー・コリンズが「月長石」を発表し、1978年に世界最初の女性推理作家、アンナ・キャサリン・グリーンが「リーヴェンワース事件」を発表する。

この時代には、まだ推理小説というジャンルが定着していた訳ではなく、「クリスマス・カロル」で有名なチャールズ・ディケンズや、ロシアの文豪、アントン・チェーホフなど、推理作家でない人が書いたミステリーも多かった。

これら、ミステリーの黎明期から、新たな探偵小説の時代を確立したのが、サー・アーサー・コナン・ドイルである。
1887年、「緋色の研究」で、シャーロック・ホームズを登場させ、ホームズ時代と呼ばれる時代に突入し、さまざまな作家が名探偵を登場させる。

G・K・チェスタトンのブラウン神父、オースティン・フリーマンのソーンダイク博士、アーサー・モリスンのマーティン・ヒューイットなど、多くの名探偵が創作される。この時代の特徴としては、超人的な探偵が事件を完璧に解決する作品が多く、また、短編が主流であり、シリーズ化されたものが多かった。

このホームズ時代から、新しい本格黄金時代の幕開けを告げる記念碑的作品となったのが、1913年、E・C・ベントリーの「トレント最後の事件」である。

Img_6149 Trent's Last Cace by Edmund.Clerihew.Bentley,1913

この作品が、本格黄金時代の幕開けとなったというのは、ミステリー界の定説で、エラリー・クイーンも、「開拓者たちの密林を抜け出して、現代の、解放された大通りに足を踏み入れた」と表現している。我が国でも、江戸川乱歩が同様の解釈をしたことで、定着している。

この作品に登場する探偵はフィリップ・トレントであるが、ホームズ時代の探偵が、ジャック・フットレルの「思考機械(シンキングマシン)」に代表されるように、あたかもコンピューターのような超人的な人物であるのに対し、きわめて人間的である。
ベントリー自身が、「探偵が、血の通った人間として認められるような推理小説を書くことも不可能ではあるまい、と考えたのだ」と述べているように、この作品では、トレントは、容疑者の女性に恋愛感情を抱いてしまう。これは、ホームズ時代の探偵には考えられなかったことである。

また、ホームズ時代は、短編が主流であったこともあり、事件解決へ一直線、みたいなところがあったが、この作品は、長編でもあり、心理描写にも多くのページが割かれている。

さらに、トレントは、必ずしも名探偵という訳ではなく、○○が△△することによって事件は解決する。この結末の意外性もまた、ホームズ時代にはありえなかったことである。

この作品には、ブラウン神父の産みの親、G・K・チェスタトンに捧ぐ、とあり、ベントリーとチェスタトンは友人であったようである。チェスタトンは、この作品を最上のものとして評価している。

このトレントは、その後に登場する個性的な探偵たちのモデルになったと言われている。もっとも近いのは、アントニイ・バークリーが創作したロジャー・シェリンガムか?

タイトルに「最後の事件」とあるように、ベントリーはこの作品の後は、トレントを登場させない予定であったが、要望もあって、1936年になって、合作による「トレント自身の事件」を発表している(戦後の邦訳はなし)。また、1938年に、短編集「トレント乗り出す」も発表しているが、これは「最後の事件」以前の活躍を描いたものである。
この「トレント乗り出す」は国書刊行会から刊行されており、収録作「ほんもののタバード(陣羽織)」はハヤカワポケットミステリー「黄金の十二」に、「絶妙のショット(好打)」は創元推理文庫「世界短編傑作集2」にも収録されており、高い評価を受けている。

ベントリー単独による長編は、「トレント最後の事件」のみであり、短編集も「トレント乗り出す」しかない。その唯一の長編によって、歴史的ミステリー作家として高い評価を受けているベントリー。ミステリーファンなら、必読の一冊である。

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2010年12月 7日 (火)

【ミステリー】幻の本格ミステリー作家~ロジャー・スカーレット

読書の秋も過ぎてしまいましたが、外に出歩くのがおっくうになる寒い季節こそ、部屋にこもって本を読むのに最適ではないか、と勝手に考えています。

前にもお知らせしたとおり、大規模書店においても、海外ミステリーはマイナーの扱いになってしまっています。この分野は、なかなか新人作家が現れず、一定の人気を保っているのは、1920~30年の本格黄金時代の作品と、その時代の作家が第二次世界大戦後に残した作品、終戦後のハードボイルドやサスペンスに限られるようです。

近年、国書刊行会や新樹社、論創社などからハードカバーとして、埋もれた名作の発掘、復刻がされています。海外ミステリーを多く手がけるハヤカワと創元が取り扱わない作品や絶版となって復刻されていない作品の新訳を刊行しており、一定の評価はされているようです。

埋もれた作品の中にも、数多くの秀作があります。今回は、「幻のミステリー作家」と言えば、決まって名前が挙がる、ロジャー・スカーレットを取り扱います。

ロジャー・スカーレットは、アメリカ人のドロシー・ブレアとイヴリン・ペイジという二人の女性の合作のペンネームであり、1930年代に5作のミステリーを発表しているが、本国では完全に忘れ去られた作家で、過去の作家名簿にも記載されていないようである。
そんな作家の作品が、わが国ではすべて邦訳されているのは、江戸川乱歩がこの作家を絶賛したからである。もっとも、乱歩にその作家の原書を提供した井上良夫が高く評価したのが最大の理由であるとの意見もあり、乱歩も作品の解説で触れている。

スカーレットの作品リストは、以下の通り。

「ビーコン街の殺人」 The Beacon Hill Murders,1930

「白魔」 The Back Bay Murders,1930

「猫の手」 Cat's Paw,1931

「エンジェル家の殺人」 Murder Among the Angells,1932

「ローリング邸の殺人」 In the First Degree,1933

これらのうち、「エンジェル家の殺人」は、1956年に東京創元社が完訳を刊行し、その後、同社の文庫から新訳が刊行されている。スカーレットの作品としては、唯一文庫化されたものである。

Img_5081 文庫としても、しばらく品切れであったが、昨年、復刊され、現在も入手できる。

この作品は、乱歩が「三角館の恐怖」というタイトルで翻案を発表して、わが国に知られることとなった。不自然な形の館に住む兄弟が、遺産を巡って殺人事件に巻き込まれるという、「できすぎた」舞台設定であるが、テンポよく読み進められる密室ものである。

「ビーコン街の殺人」は、戦前、井上良夫の手によって、「密室二重殺人事件」のタイトルで抄訳が発表されたが、21世紀になって初の完訳が論創社から刊行された。

Img_5077 旧タイトル「密室二重」から、複雑な密室構成が想像されるが、これはそういう意味ではない。ただ、誤解を避けるためにタイトルが変更されたようである。

同時期に密室もので名をはせたジョン・ディクスン・カーの作品に比べると、密室トリックの鮮やかさは劣る。ただ、本格にこだわり、随所に伏線が張られている点は評価できる。
戦前の抄訳がどのようなものであったかは知らないが、現代の、ミステリーに慣れてしまった読者には、完訳版が向いているのではないか。

5長編のうち、戦後に単行本として刊行されていないのが「白魔」である。

Img_5078 1954年(昭和29年)の「別冊宝石39号」に抄訳が掲載されている。森下雨村・訳、江戸川乱歩・解説という豪華版である。ちなみに併載の「H・ヘキスト」というのは、イーデン・フィルポッツのことで、「怪物」が掲載されている。

この「白魔」は、コアなマニアの間で復刊を望む声が多い作品である。ペルシャ猫が登場するなど、怪奇的要素を含んだ作品である。この作品にも、現場の見取り図が掲載されており、この作家のお約束なのかも。

この作品もまた、井上良夫が森下雨村に原本を提供したらしく、井上はフィルポッツとともにスカーレットを高く評価していたことを、乱歩は解説の中で触れている。(この時点で井上良夫はすでに故人であった)

なお、乱歩は、解説でスカーレットのことを「彼」と表現しているように、この時には、スカーレットが女性二人のペンネームであることは知られていなかった。なにしろ、本国でも素性がほとんど知られていなかったのだから、無理もないことであろう。

二人の経歴等はある程度判明しているが、没年など未だ不明な点も多い。いわば、作者自身がミステリーな訳である。

作品自体は、名作と呼ばれる本格作品に比べると、鮮やかさやインパクトでは劣る感は否めないが、決して駄作という訳ではない。そんな作品が、本国で評価されなかったのは、英語で書かれた文章自体に難があったとのことである。
同様に、難解な文章ゆえに評価が低いとされたマイクル・イネスの例もあり、翻訳の妙によって作品の魅力が引き出された部分もあるのだろう。

まだまだ、この時代には、優れた作品が埋もれているに違いない、と思わせる作家であろう。

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2010年10月29日 (金)

【ミステリー】隅田川散歩の事件簿⑥~解決編

ミステリークイズの新作が思い浮かばないので、前回の解答のみ掲載します。

隅田川散歩の事件簿⑥~解決編

隅田川散歩は、荒川警部に言った。
「君たち警察官は、民事不介入という原則があるが、民法関係は勉強しないのか。」

荒川警部は、少しムッとしたように言い返す。
「最近は、民事がらみの事件も多いからな。全く知らないでは済まされない。
今回の事件、君が言いたいことはわかったよ。」

「あやしいのは三田村弁護士ということだな。彼は公正証書遺言の証人として選ばれたと言っているが、公正証書遺言の場合、その遺言で遺贈を受ける者は証人にはなれない。
ということは、三田村は、書き換えられるはずの遺言では遺贈は無いということになっていたことになる。
まあ、これだけでは証拠にはならないが、最重要人物ということは間違いないだろう。」

荒川警部は散歩に軽く微笑むと、部下に指示を出すため部屋を出て行った。

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2010年10月23日 (土)

【ミステリー】三大倒叙とは

当ブログでは、海外ミステリーに主眼を置いて、作品や作家を紹介しておりますが、この海外ミステリーの書店での取り扱いがどんどん縮小されているような気がします。

神保町の三省堂書店でも、文庫のコーナーが数年前から縮小されており、ハヤカワ、創元の作品はかなり陳列が少なくなっています。一方で、近年増加中のハードカバー作品は、別の階にコーナーが設けてあります。
新宿の紀伊国屋書店本店も、文庫コーナーの隅に追いやられた感じです。もっとも販売数が多いと思われる八重洲ブックセンターでも、海外ミステリーは隅っこにあります。

いわば、海外ミステリーは、書店でも、マイナーかつマニアックなカテゴリーになってしまっているようです。これには理由があって、海外ミステリーは新人作家がほとんど出現せず(出たとしても我が国に紹介されない)、名作とされる作品は時代が古く、マニアはすでに読み終えていて、新しいファンが増えないということでしょう。
近年、邦訳されるのは、そのほとんどが埋もれていた作品であり、中にはこれはと思える作品もありますが、概して名作と呼ばれるものには内容的に劣ると言わざるを得ません。

ただ、こうした風潮は、個人的にも好ましいとは思えないので、できるだけ新しいファン、特に若い人たちに海外ミステリーを読んでもらいたいと思い、懲りずに紹介していきます。

ミステリーの手法に、「倒叙」というのがある。通常のミステリーは、主として探偵の側から描かれるのであるが、この倒叙ものは、犯人の側から描くのを特徴とする。
よって、犯人は誰かというのは、初めから読者にはわかっているわけである。よって、犯人探しという興味に代わって、犯行がなぜ、どのように行われ、いかにして解決するのかが焦点となる。いわば、「フーダニット」ではなく「ハウダニット」あるいは「ホワイダニット」が重要な要素ということになる。

この手法は、ソーンダイク博士シリーズで著名な、オースチン・フリーマンが「歌う白骨」(短編集)で用いたのが祖とされる。なかなか追従者が現れなかったが、本格黄金時代の末期である1930年代になって、「三大倒叙」と呼ばれる作品が発表され、一分野を築くことになる。
その後、ロイ・ヴィカーズの「迷宮課」シリーズや、テレビでおなじみのレビンソン&リンク「刑事コロンボ」に引き継がれている。刑事ドラマなどにも時折用いられることがある。

ここでは、三大倒叙と呼ばれる作品を紹介する。

Img_5009F・W・クロフツ「クロイドン発12時30分 」、リチャード・ハル「伯母殺人事件」、フランシス・アイルズ「殺意」である。

倒叙の創始者であるフリーマンの作品では、最初に犯行の場面が描かれ、そこからソーンダイク博士が捜査によって犯人のミスを見つける、というのが定番であり、そこには動機や犯人の心理状態といった要素は少なかった。それに対して、三大倒叙は、犯人の心理状態を細部にわたって描写するのを特徴としている。

「クロイドン発12時30分」では、第1章で事件が起こった後、第2章ではいきなり4週間前に戻り、叔父殺しの犯人であるチャールズの犯行前、犯行後の行動、思考などが延々と描かれる。最終的にシリーズ探偵であるフレンチ警部が登場して事件は解決する。
作者のフロフツは、「樽」など本格推理小説の名作も多く、あえて新手法に挑んだものとして高く評価されている。

「伯母殺人事件」は、主人公エドワードの一人称「ぼく」として大半が描かれる。叙述は、「ぼく」の視点、思考によって書かれているため、「ぼく」に命を狙われる伯母パウェルがどのように考えているかは、「ぼく」の想像で書かれている。
最後の「後記」はパウェルの側から描かれるのだが、「ぼく」の計画は成功するのか・・・。
なお、作品の最後に、作者からこのタイトルに関する秘密が明かされる。

「殺意」の作者アイルズは、別名アントニイ・バークリーで「毒入りチョコレート事件」「第二の銃声」などを発表している。他の作品中で、犯人の心理状態を描きたいといった記述があるように(こちらを参照)、この作品では、ビクリー博士の妻に対する憎悪を細部まで描き、妻殺しに成功する。
ただ、この作者は最後のどんでん返しが好きで、まともには終わらない。妻に対する「殺意」とは関係ないところで・・・。

「伯母殺人事件」と「殺意」には、シリーズ探偵は登場しない。「クロイドン発12時30分」は倒叙の手法を採っているが本格ものに近いのに対し、後者二作品はサスペンスに近いと言えるだろう。この二作品は、サスペンスに分類されることがある。

江戸川乱歩は、この三大倒叙を高く評価し、本格黄金時代の後は、謎解きばかりでない作品が好まれると述べた。推理小説の分野では、倒叙は必ずしも一大勢力とはなり得なかったが、この手法は映像に向く。その後のテレビ時代に、この手法が取り入れられている点も、注目すべきであろう。

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2010年9月20日 (月)

【ミステリー】推理小説創成期の作家たち

2008年になって、エミール・ガボリオの「ルルージュ事件」が、国書刊行会から刊行された。この作品は、終戦直後に邦訳されてからは新訳が出ず、きわめて入手困難な状況であり、常に新訳の刊行がのぞまれていたのだが、やっと日の目を見ることになった。

なぜ、「ルルージュ事件」がミステリーファンの間で熱望されていたかというと、この作品が、世界最初の長編推理小説とされているからである。

探偵小説の祖は、エドガー・アラン・ポーであることは異論がない。ただ、ポーの作品はすべて短編であった。ポーの死後、なかなか追従者が現れなかったが、1866年になって、フランスのガボリオが「ルルージュ事件」を発表し、1868年、イギリスでもウィルキー・コリンズが「月長石」を発表する。
このように、推理小説の歴史は形成されるのであるが、1887年、サー・アーサー・コナン・ドイルが「緋色の研究」でシャーロック・ホームズを登場させるまでの間の作家たちは、その歴史の中に埋もれてしまったようだ。

この、推理小説創成期の作品としては、「月長石」が創元推理文庫から刊行されている以外は、新刊で入手できるものは少ない。ガボリオにしても、「ルコック探偵」が1979年に旺文社文庫から抄訳が刊行されて以来、新刊は出ておらず、完訳は1964年の東都書房版までさかのぼらなければならない。

Img_4926 Monsieur Lecooq by Emile Gaboriau,1869

東都書房版は、ハードカバーのため、痛みが少なく、古書での入手は、旺文社文庫版よりも簡単かも知れない。ただ、完訳版は、長い。前述の「月長石」もそうだが、この時代の長編は、本当に長編であって、読み進めるには覚悟が必要である。途中で眠くなってしまうことも多いであろう。

単に長いだけでなく、進行のテンポが遅く、ロマン的、文学的であるのも、この時代の特徴である。このロマン的なものを織り込んだ推理小説を、「ムッシュ・ルコック的」と江戸川乱歩は評している。

この時代には、他に、「クリスマス・カロル」などで有名な、チャールズ・ディケンズが「荒諒館」でバケット警部を登場させているが、この作品もちくま文庫で4巻にわたる長編である。
フォルチュネ・デュ・ボアコベは、フランスではガボリオと並ぶ推理小説創成期の作家であり、「鉄仮面」が有名である。これも上下2巻で刊行されている。

また、アントン・チェーホフは、トルストイやドストエフスキーと並ぶロシアの文豪であるが、「猟場の悲劇」「安全マッチ(短編)」というミステリーも発表している。

この時代にもう一人、挙げなければならない作家がいる。アンナ・キャサリン・グリーンである。
アメリカ最初の推理作家にして、世界最初の女性推理作家であるとされているが、本国でもすっかり忘れ去られた存在であるようだ。それでも、エラリー・クイーンは、ミステリーの歴史的に重要な作品として、「リーヴェンワース事件」を挙げている。

Img_4927 The Leavenworth Case by Anna Kathrine Green,1878

この「リーヴェンワース事件」の他には、邦訳された長編はないようで、この作品にしても、戦後の邦訳は、この東都書房版のみである。それゆえに、入手困難な作品である。絶版作品の復刻をのぞむサイトでも、歴史的意義からというコメントが多いようだ。

事件の記述の羅列といった印象があり、退屈な面は否めない。シェークスピアなどの一節が織り込まれており、文学的色彩を出そうとしているのも特徴である。

なお、グリーンの短編「医師とその妻と時計」は、江戸川乱歩編「世界短編傑作集1」(創元推理文庫)に収録されている。

このように、ポーとドイルの間に埋もれた感がある、推理小説創成期の作家であるが、新訳が出ないのもわかるような気がする。絶版になっているこれらの作品を数千円も出して読む意味は薄いと言わざるを得ない。ミステリーのコアなマニアの方か、コレクターアイテムとしてのみお薦めしたい作品である。

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2010年9月 8日 (水)

【ミステリー】クイズ・隅田川散歩の事件簿⑥~遺言

隅田川散歩の事件簿⑥~遺言

9月に入ってもうだるような暑さが続くある日、東京・文京区内で資産家の婦人の死体が発見された。

被害者は、この一戸建て住宅に一人で住む、内田保子(64)。夫と2年前に死別した未亡人で、都内に賃貸物件を数件所有していた。
発見したのは、被害者の甥で弁護士の三田村祐一(41)。被害者の顧問弁護士を務め、資産管理等を行っていた。

通報を受けた荒川満保警部は、すぐさま探偵・隅田川散歩に連絡をとり、ともども現場に急行した。

直射日光が当たる玄関を入ると、すでに鑑識が捜査を開始していた。被害者は、リビングのソファに首を絞められて横たわっており、見た目にも明らかに他殺であった。現場のリビングはエアコンがガンガンにきいている。

発見者の三田村弁護士に、さっそく事情を聞くことにした。
「伯母は今日、新しい公正証書遺言を作成するため、公証人役場に行くことになっていました。私も証人として立ち会うことになっていたので、午前10時に迎えに来たところ、インターホンを押しても返事がない。鍵が開いていたので、リビングに入ったところ、このようなことに・・・。ええ、エアコンはついたままでした。」

三田村によると、被害者には息子の健二(43)と娘の洋子(39)がおり、それぞれ都内に別居している。被害者は、家政婦の大友佳代(51)に長年身の回りの世話をしてもらっているが、たまたま2日前から実家に帰っていて不在だった。

息子の健二が妻を伴って駆けつけた。その取り乱す姿は、散歩には演技には見えなかった。
落ち着くのを見計らって、荒川警部は健二に質問すると、次のように答えた。
「母は、父を亡くしてから、急に不安になってきたようで、財産のことで祐一君とたびたび話していたようです。大友さんがいるとは言っても、いつもいる訳ではないし、夜などは一人でいるのが淋しいようなので、近々同居しようかと妻と話していたところです。同居したほうが相続税も有利になるらしいので。」

続いて、娘の洋子が夫とともに現れた。(結婚して姓は変わっているが、混乱を避けるためにここでは書かない)洋子の供述は、次のとおり。
「最近、母は時々夜に電話してきて、『健二が私の財産をあてにしているようだ』と話していました。祐一さんもその点が気になって仕方がないようで、遺言書の書き換えを早くしなければと言っていました。私は、夫が銀行員で十分な生活ができているので、母の財産はあてにしていません。」

実家に帰っていた佳代は、戻ってくるのが夕方になるということなので、荒川警部と散歩は、いったん引き上げることにした。

夕方になって、佳代が出頭してきて、以下のように供述した。
「私は、ご主人さまが生きていらっしゃる頃から、家政婦として働いてきました。かれこれ20年になります。奥さまは、ご主人さまが亡くなられてからは、淋しがるようになって、できる限り長くいてほしいとおっしゃることが多くなりました。その分、手当もはずんでくれるのですが。最近、健二さんがよくお見えになっていましたが、何を話していたのかはわかりません。三田村先生と話す時もそうですが、別室の書斎で話されるので、全く声は聞こえませんでした。」

その後の捜査で、事件当日、被害者は遺言書を書き換える予定であったが、書き換える前の遺言書は、三田村弁護士が保管していた。
それによると、被害者の財産は、5割が健二へ、3割が洋子へ、佳代と三田村弁護士に1割ずつ渡されることになっていた。

なお、公正証書遺言の証人として、もう一人、不動産会社社長が選ばれていたが、この人は事件とは無関係であることが判明した。

荒川警部はメモを見ながら言った。
「どうやら犯人は、被害者が自分に不利になるように遺言が書き換えられると思い、書き換えられる前に殺した、と考えるのが妥当のようだな。」

散歩は、うなずきながら答えた。
「まあ、そんなところだろうな。断定はできないが、その説に従うと、この人物がもっとも怪しいということになるな。この人物を中心に洗ってみるべきだろうな。」

(問題)散歩がいう、もっとも怪しい人物とは誰か。またその理由とは。

隅田川散歩の事件簿④~解決編

荒川警部はこう指摘した。

「君は新幹線の2人がけの窓際の席に座ったのだな。そこから通過する三島駅のホームが見えたということは、君はグリーン車に乗っていたことになる。なぜなら、新幹線の普通車は山側が2人がけ、海側が3人がけで、三島駅は島式ホームの外側に通過線があるから、上りからだと海側になり、普通車に乗っていたら2人がけの席からはホームは見えないはずだ。
そして、名古屋から乗ってきたという人物は、N700系の喫煙ルームがある車両だと言っているから、10号車ということになる。その人物は、東海道新幹線をよく利用し、知りつくしているとすると、トイレに行くのに前方へ向かったというのが不自然だ。東海道新幹線のトイレは、奇数号車の東京寄りというのが、0系時代からの伝統だ。
その人物は、コーヒーが好きで、しかもすぐトイレに行きたくなるというのであれば、さんざん新幹線のトイレを使用しているから、後方の9号車のトイレの方が近いことは知っているはずだからな。」

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2010年8月15日 (日)

【ミステリー】シェイクスピアの影響を受けたミステリー作家~マイクル・イネス

久しぶりにミステリーの紹介をします。これこそが、このブログの本来の目的の一つなので。
なお、今回は、ネタバレしないように書きますので、一部理解しにくい個所があるかもしれません。

シェイクスピアの四大悲劇は何か?という問題が、テレビのクイズ番組などでよく出される。
「ハムレット」「オセロー」「リヤ王」「マクベス」が正解だが、よくある誤答が「ロミオとジュリエット」であるが、これは四大悲劇には含まれない。

ところで、このシェイクスピアの四大悲劇は、いずれもミステリー的要素が満載なのであるが、これをミステリーに分類する人はいない。もっとも、シェイクスピアのこれらの作品は、17世紀初頭のものであり、エドガー・アラン・ポーが世界最初の探偵小説を発表する200年以上も前のことであるから、当然といえば当然である。

ただ、そういった時代的なことは別にして、一般に、文学的価値がきわめて高い作品、事件や謎解きといったものを除外しても読む価値がある作品は、ミステリーには分類されないようだ。日本の歴史小説と呼ばれる分野も、そこにはさまざまな事件や謎が描かれているが、ミステリーには分類されない。
ただ、ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」が、ミステリーとして扱われることはあるようだ。多くの海外ミステリーの翻案小説(無断翻訳?)を書いた黒岩涙香も、「レ・ミゼラブル」を「噫無情」というタイトルで発表している。

このように、ミステリーとしては扱われないシェイクスピアであるが、その作風ゆえか、後世のミステリー作家にも多大な影響を与えている。
一番有名なのがエラリー・クイーンで、「Xの悲劇」「Yの悲劇」「Zの悲劇」「ドルリー・レーン最後の事件」に登場するドルリー・レーンという探偵は、元シェイクスピア劇の俳優という設定で、「ハムレット荘」に住んでいる。さらには、これらの作品は、「第○章」の代わりに「第○幕第○場」という表記を用い、戯曲を意識した作品となっている。

このクイーンの作品は、わが国でも、海外ミステリーを代表する作品とされており、特に「Yの悲劇」は、常にBEST10の上位にランクされる名作である。私がこれを読んだのは中学生の時であるが、その時・・・(以下ネタバレを避けるため自主規制)。

このクイーンは、あまりに有名であるため、他に譲るとして、ここでは、マイクル・イネスを紹介したい。その名も「ハムレット復讐せよ」。
この作品は、ハヤカワポケットミステリから刊行されたが、「翻訳が悪い」といった悪評があり、長らく絶版状態であった。ポケミス版は古書でもかなり高額で売買されていたが、1997年、国書刊行会から新訳が刊行された。

Img_4842 Hamlet,Revenge! by Michael Innes,1937

イネスは、オックスフォードのオリエル・カレッジでエリザベス朝学を学び、最優等で合格。その後、英文学教授として大学で教鞭を取ったという経歴の持ち主である。それゆえに原書は難解であるらしく、ポケミス版の翻訳は東京教員大学(現筑波大)教授によるものだが、読みにくいものであったようだ。
また、方言も随所にあるようで、新訳でも関西弁とおぼしき会話があるが、これは方言の部分であるのだろう。

「ハムレット」の上演中に出演者が射殺されるという、欧州ではありがちなプロットであるが、「ハムレット」だけでなく「マクベス」の一場面やその他の詩などがのべつ幕なしに出てくる。ただし、事件そのものは、「ハムレット」という戯曲と直接の関係は薄いため、シェイクスピアを読んでいなくても問題ない。

タイトルの「ハムレット復讐せよ」(「Hamlet,Rebenge!」)というのは、登場人物に送られた電報の脅迫文なのであるが、このセリフはシェイクスピアからの引用ではなく、もっと古い時代の芝居の文句であるそうだ。
作中では、ゴットというエリザベス朝学者兼探偵作家が登場し、「ハムレット」のことを「原始的な陰謀ドラマ」と評し、シェイクスピアがつかっているメロドラマ的なものは失敗作であると、学生と討論しているという場面がある。このゴットは、イネスが自分自身を登場させたものと考えられる。

ゴットは、シリーズ探偵であるアプルビイ警部とともに、事件解決に奮闘し、最後に推理を披露するのだが・・・。

この本の帯に、「英国新本格派」という文言があるが、これは江戸川乱歩が本格黄金時代の作品と区別するために創設した言葉で、黄金時代のトリック、謎解き一辺倒とは一線を画し、人間の心理状態に重きを置くことを特徴とする。
この作品でも、作品の当初では人物描写にかなりの部分が割かれ、精神科医まで登場して意見を聞く場面もある。黄金時代の「鮮やかなトリックとそれを見破る探偵」という作品に慣れた向きには、物足りなさを感じるかも知れない。

登場人物がやたら多く、名前を覚えるのが大変だが、話が進行するにつれ容疑者が絞られてくるので、テンポよく読み進められる。ただ、この作品が書かれたのが第二次世界大戦の直前であるという時代背景は頭に入れておいた方がいいだろう。

イネスは、「ハンカチーフの悲劇」という短編でも、シェイクスピアの「オセロー」の上映中に事件が起こる、という作品を書いている。

Img_4845 創元推理文庫「アプルビイの事件簿」1978年初版

創元推理文庫の「アプルビイの事件簿」に収録されているが、イネスの作品で文庫化されたのは、この短編集と「ある詩人への挽歌」(現代教養文庫、現在は絶版)のみである。
近年、新訳が刊行されているが、いずれもハードカバーで、ハヤカワ、創元の文庫からは出ていない。そういう意味で、マイナーな存在であることは否めない。
それは、本国でも同様であったようで、1994年にイネスが他界した際、AP電として朝日新聞に載った訃報では、「スチュワート・イネス」となっていた。本名のJ・I・M・スチュワートとペンネームのマイクル・イネスがごちゃまぜにされてしまったようだ。

ただ、有名作家だけでなく、こうした、ややもすると埋もれがちな作家の作品にも秀作は多い。このような作品にもスポットを当てていきたいと思う。

※ マイクル・イネスの日本語表記については、創元では「マイル・イネス」となっています。この「Michael」という名は、日本語表記としては、「マイケル」(マイケル・ジャクソン、ジョーダンなど)と「マイクル」(マイクル・コナリー、ビショップなど)の二通りがあるようです。ここでは、国書刊行会の表記にならって、「マイクル」としました。

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2010年8月 5日 (木)

【ミステリー】クイズ・隅田川散歩の事件簿④~新幹線内の創作

ようやくミステリークイズが浮かんだので、久しぶりに掲載します。

それにしても、「頭の運動」に投稿される方は、よく思い浮かぶものだと感心します。今回のクイズは、あまりいい出来とは言えませんが、このブログの読者に有利な問題にしましたので、ぜひ挑戦してみて下さい。

隅田川散歩の事件簿④~新幹線内の創作

狩谷警部とキャナリーに京都駅まで送ってもらった隅田川散歩は、新幹線ホームへと向かった。景観論争が起きた駅施設はJR西日本のエリアの烏丸口側にあり、八条口側の新幹線ホームへは通路を歩かなければならない。

新幹線上りホームに到着。平日の昼間ということで、乗客の数はそれほどでもない。これが連休や行楽シーズンの夕方などは、ホームにあふれるほどの乗客があり、次から次へと東京行き列車が発車していく。そんな時は、2面4線のホームが狭すぎるように感じるものだ。ホームドアがなく、柵も乗降口部分にはないこのホームは危険だ。何か事故が起きないのが不思議なくらいだ。

待つこと20分。東京行の「のぞみ」に乗り込む。指定された2人がけの窓際の席に腰を下ろした散歩は、京都で起きた事件のことを思い出していた。
(荒川警部は、私とキャナリーを対決させるよう仕向けたに違いない。そうだ、何か作り話をして、荒川警部をかついでやろう・・・。)

ミステリーの短編集を開く。短編というのは、短い本文の中に伏線を散りばめるのは難しい。ましてや字数が限られたミステリークイズはなおさらだ。
などと考えていたところ、名古屋駅に到着。隣の席に中年の男性が腰を下ろした。

「ミステリーがお好きですか」
男性が話しかけてきた。
「ええ。国内外の著名なミステリーはほとんど読んでしまって、最近はこのように無名の短編で面白いものがないか探しているところです。」
「そうですか。私は、横溝正史が好きです。海外では、ジョン・ディクスン・カーですね。密室ものが特に面白い。ちょっとオカルティックなところもいいですね。」
「小説も面白いですが、実際の事件にはかないませんね。」
散歩がそう言うと、男性は散歩の顔をまじまじと見つめた。窓の外は豊橋駅を通過中であった。

「ひょっとして、あなたは隅田川散歩さんでは?この間、ミステリー雑誌で写真を見ましたよ。」
散歩は、少しうれしくなって答えた。
「よくご存じでしたね。いやあ、行く先々で事件に巻き込まれて、トラブルメーカーみたいなものですよ。」

ミステリー談義をしていると、男性はおもむろに駅弁を取り出した。
「『名古屋めし』ですね。」
散歩が言うと、男性は瞬時に反応した。
「そういえば、散歩さんは駅弁通でもあられたですよね。私はアパレル関係の仕事をしていて、週に1回は新幹線で名古屋に行きますが、名古屋の駅弁は好きでいつも食べてます。もっとも種類が多いので全部ではありませんが。」
男性がエビフライを口にしたので、散歩は言った。
「エビフライは別に名古屋名物ではなかったのですが、某タレントが話を広めたの利用して名物にしてしまったようです。」
「そうだったんですね。そういえば、昔は名古屋でエビフライが多かったわけではないのに、最近は目立つようになってきましたね。」

静岡駅を通過する。静岡県人にとって、通過するだけの「のぞみ」には不満が多いという話を聞いたことがある。

「ちょっと失礼して、煙草を吸ってきます。N700系は喫煙席がないので、せめて喫煙ルームがある車両にしているんですよ。席を立つ時に邪魔にならないように通路側を指定するようにもしています。」
男性はそう言うと席を立った。禁煙して長期間になる散歩は気にしなかったが、N700系は全席禁煙だった。すでにJR東日本の列車はすべて禁煙だし、愛煙家にとって厳しい時代になったものだ。

男性は戻ってくると、バッグから缶コーヒーを取り出し、散歩にすすめた。
「私は酒が飲めないので、いつもこれを買って乗ることにしています。車内販売は割高ですし、気に入ったのを売っていないですから。」

散歩は礼を言ってから、缶コーヒーを口にする。窓の外には通過する三島駅のホームが見える。そういえば、ここは駅弁界の大御所の地元だったな、などと考えていると、男性が立ちあがるそぶりを見せた。
「コーヒーは利尿作用があるらしいですね。トイレに行ってきます。」
男性は、席を立つと、車内販売のワゴンを避けながら前方へと歩いて行った。

小田原駅を通過。車内放送であと15分ほどで新横浜に到着するとの知らせがあった。
「散歩さんは、最近、何か事件を解決されましたか?」
男性に言われ、散歩は得意げに、京都での事件を話した。
「えっ、あのキャナリー嬢と対決したんですか。それはぜひ小説にしていただきたいですね。」
「いや、それは山村女史の遺族が著作権にうるさいので・・・。」
「???」

話が脱線しかかったところで、「のぞみ」は東京駅に到着した。

翌日、荒川警部に会うと、散歩は言った。
「今日、品川区内で発見された殺人事件の被害者は、昨日、名古屋から帰って来た後、殺されたそうだね。名古屋の駅弁を食べていたそうだが、実はその被害者、私の隣の席に座っていたんだ。食事時間も正確にわかるから、死亡推定時間も割り出せるな。」

散歩は、昨日起こった出来事を詳細に話した。

すると荒川警部は怒ったように言った。
「そんな作り話をして、私をかつごうとしてもダメだ。第一、君の顔を見ただけでわかるほど有名人であるわけがない。捜査を混乱させるようなことはやめてもらいたい。君でなければしょっぴくところだぞ。」

(問題)荒川警部は、散歩の話のどこに疑問を抱き、作り話であると気付いたのでしょう。

なお、登場する列車や駅、その他のものは実在のものとしますが、列車ダイヤは現実のものに準拠しないものとします。

解答は、コメント欄に書き込むか、メールで。正解を書き込んだ場合は、公開を保留し、不正解の場合でも著しくヒントになる場合は伏せ字にすることがあります。

※この問題は、東海道新幹線全般の知識がないと解けません。多少、ひねってありますので、知識がある人も要注意。なお、こちらにも新作があります。合わせてどうぞ。

(ヒント)

① 情景描写などから、散歩が乗車していた車両、座席を想定して下さい。

② 男性は、週1回、東海道新幹線を利用するので、東海道新幹線のことは知り尽くしているという前提で考えて下さい。

③ だとすると、二人のどちらかが不自然な行動をとっています。(もっとも、この話は散歩の創作なので、荒川警部の注意力を試すためにあえて不自然な話にした)

④ 荒川警部もまた、東海道新幹線に関しては詳しい、と考えて下さい。

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