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2013年10月24日 (木)

【レトロ】今一度KKドラフトを考える

あまりにもブログの更新をしないので、「生きていたのか」という声もありましたが、ちゃんと生きてます(笑)。

さて、今日、プロ野球のドラフト会議が開催されましたが、日刊スポーツに清原和博「オレの魂」というコラムが掲載されました。清原本人は、「ドラフトについて語るのは最初で最後だろう」と書いていますが、ここで、今から28年前の“KKドラフト”を思い出してみたいと思います。

当時のことを知らない人もいるでしょうから、簡単に振り返ってみましょう。1985年のドラフトでは、夏の甲子園を制したPL学園の清原と桑田に注目が集まりましたが、桑田は早くから早大進学を表明し、一方の清原は巨人を熱望していました。
もちろん、指名が競合した場合は抽選になるわけで、希望通りにいくとは限らないのですが、現実は想像しなかった、(清原にとっては)残酷なものとなりました。

なんと、進学希望を表明していた桑田は巨人が単独指名。清原には6球団が競合し、抽選の結果、西武が交渉権を獲得しました。

この時の清原の涙の記者会見は、その後何度も取り上げられており、野球ファンなら一度は目にしたことがあるでしょう。当時の報道では、当初は、高校生の気持ちをもてあそぶような球団の姿勢を批判するものもあったと記憶しています。が、その後、桑田は巨人から指名されること知っていたのでは、との疑惑が浮上し、桑田が批判にさらされることになります。

清原は、当時のことを、チームメイトが「許せん」と言って、金属バットを持って桑田を探し回ったり、学校に抗議や脅迫が殺到した、と振り返っています。
巨人の指名を受けた桑田が、「巨人に指名されてうれしい」「指名されたら行かないと言った覚えはない」と言ったとされ、このことから、巨人と密約があったのではないかとの憶測が流れました。

その後の関係者の話などから、桑田が本当はプロ志望で指名されたら入団する、という情報を西武もつかんでおり、西武は清原を外したら桑田を指名する、という情報を聞いた巨人が、直前に1位指名を変更した、というのが真実であるということです。

当時、社会人一年生だった私の最初の感想は、「また巨人か」というものでした。江川事件の記憶もまだ鮮明だったこの頃、巨人が仕組んだ陰謀だと勝手に想像してのものでした。
ただ、当時の巨人は王監督だったことから、偉大すぎて批判することができず、その分桑田に批判が集中した面もあり、また、まだ高校生がここまでの筋書きを描けるとは思えず、多少、桑田に同情した部分もありました。

この結果、清原は涙を飲んで西武に入団します。1987年の巨人との日本シリーズで、最終戦の試合終了直前に守備位置で涙を流したことは、語り草になっています。
清原自身も、西武に入団して良かったと振り返っていますが、FAで巨人に移籍する際、「くじ引きで自分の人生を決められたので、自分の夢をかなえたい」みたいなことを言っており、この頃はまだ、ドラフトの一件を引きずっていたのだろうと思います。

ただ、憧れの巨人に入団したものの、決して満足できる成績ではなく、ナベツネに屈辱的なことを言われたりと、「巨人は富士山のよう。遠くから見ると憧れの対象だが、登ってみるとゴミだらけ」という感想を述べたとされています。

清原は、たとえ行きたくない球団であっても、指名されたら行きべき、と言っています。例として、弱小時代の楽天に入団したマー君を挙げ、逆の例として菅野を挙げています。(個人的に付け加えるなら長野も)
サラリーマンでも、希望の部署で働ける人は少ないはずで、我を通すより与えられた環境で結果を残す方に共感を覚える人が多いはずだとも言っています。
これに関しては、おおむね同意しますが、自分ですべて責任を負うのであれば、我を通すのもアリ、と個人的には思います。菅野であれば、ブーイングするファンを黙らせる成績を残すしかないでしょう。江川のように、そのキャラでダーティーイメージを払しょくすることはできそうにないので。

さて、ここからがこのコラムの肝です。
桑田に関して、どこか暗いイメージがつきまとうのは、ドラフトの影響であることは疑いありません。もう清原には、ドラフトの一件を問題にするつもりはないようです。清原が問題にしているのは、早大を隠れみのにして巨人に入団しながら、退団後に早大大学院に進んだことです。

桑田が早大をそでにして以降、PL学園からは一人も早大に進学しておらず、一時期は六大学すべてから受け入れてもらえなかったそうです。それほどまでに桑田の行動は多方面に影響を及ぼしている訳で、この事実に対し、桑田は何の配慮もしていないのでは、ダーティーイメージを拭い去ることはできないでしょう。

確かに、KK以降のPL学園は、すぐ下の世代には立浪、片岡、野村、橋本ら錚々たるメンバーがいましたが、宮本が引退した今、現役には、広島のエース・マエケンと阪神の福留くらいしかいません。
PL学園の凋落の原因が桑田の行動にあるなら、その罪は大きいと言わざるを得ません。

KKに対する私の感想は、清原は純粋すぎて、桑田は無神経すぎる、というものです。
両者がもし、野球をやっていなくて、一般社会にいたらどうだったか。
ドラマ仕立てなら、清原が桑田に「倍返し」するかも知れませんが、現実社会は勧善懲悪ばかりではありません。
清原は、ストレートすぎて大組織のトップにはなれないかも知れませんが、面倒見がよく取引先からも慕われる中小企業の社長タイプと思います。一方の桑田は、ずる賢く立ち回りのし上がっていきそうですが、常に敵を作るタイプで、いつ足元をすくわれるかわからない状況に置かれそうな感じです。また、一時、「投げる不動産屋」などと揶揄されたように、金銭トラブルで失脚するのかも知れません。

最後の部分は私の妄想です。ファンの皆様、すみません・・・。

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