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2013年8月10日 (土)

【レトロ】夏の甲子園最高の激闘は?

GWからいきなり真夏に飛ぶという、いかに作成者が怠慢であることを示す事態となってしまいました。

さて、今年で95回目を迎えた全国高校野球ですが、過去には数々の名勝負が繰り広げられましたが、その中で、最高の激闘はどの試合か?というテーマを考えてみたいと思います。

まず、延長25回という現在ではありえない戦いとなった中京商-明石中。ただ、これは昭和8年(1933年)のことであり、さすがに古すぎて記憶している人もほとんどいないと思われます。両校の選手のうち、最後まで生存していた方も、2008年に亡くなっています。

戦後の記録で見ると、昭和33年(1958年)準々決勝の徳島商-魚津は、初の延長18回引き分け再試合となりました。坂東-村椿の投げ合いで知られ、その後坂東英二の活躍もあって、記憶に残る一戦となりました。(もちろん私はリアルタイムでは知りません)。

続いて、昭和44年(1969年)決勝の松山商-三沢の延長18回引き分け再試合。この試合は、私が松山商の地元出身であることから、記憶に残っています。延長戦突入後、松山商は2度の満塁のピンチを凌いで引き分けに持ち込みました。
三沢の投手は太田幸司。東北勢がもっとも優勝に近づいた試合でしたが、再試合で敗れ、それ以降も東北勢は未だに優勝旗を手にしていません。

そして、昭和54年(1979年)の箕島-星稜の延長18回です。2度リードされながらいずれもホームランで追いつき、ついに18回、箕島がサヨナラ勝ちします。

平成に入ってからは、平成10年(1998年)準々決勝横浜-PL学園の延長17回、平成18年(2006年)決勝の早稲田実-駒大苫小牧の延長15回引き分け再試合があります。

この中で、最高の激闘を選ぶのは難しいのですが、最初の3つは0-0の試合で、リードされて追いつくというスリリング度で劣る。平成に入ってからの2戦は、当事者がまだ現役バリバリであり、このブログの趣旨に合わないという勝手な理屈で却下。

よって、箕島-星稜を史上最高の激闘とします。この当時、私は高校生で、当然、この試合をリアルタイムで見ています。どこがすごかったかと言うと、延長戦突入後、2度リードされた箕島が、いずれも2死からホームランで追いついたこと。特に16回裏の森川選手の一塁ファールフライを星稜一塁手が落球し(取っていれば試合終了だった)、直後に同点ホームランが飛び出したことは語り草になっています。
それ以外にも、14回裏、箕島のサヨナラのチャンスで、三塁走者が隠し球で刺されるなんてこともありました。

実際、この試合を高校野球史上最高の試合とする人は多く、多数の書籍にもなっています。
この年、箕島は優勝し、春夏連覇を達成しました。箕島の石井毅-嶋田宗彦のバッテリーは共に住友金属に入社、都市対抗野球で優勝します。その後、石井は西武に、嶋田は阪神に入団し、それぞれ日本一を経験します。二人とも、高校、社会人、プロですべて日本一になっています。
一方、星稜には、その後広島、中日で活躍した音重鎮がいました。音という珍しい姓だったので記憶に残っています。

今大会、両校は揃って甲子園に出場。残念ながら、両校とも初戦で敗退し、対戦は実現しませんでした。
その中で、面白いエピソードがありました。伝説の試合で16回裏、森川選手のファールフライを落球した(正確には転倒して捕球できなかった)加藤一塁手の息子が途中から父と同じ一塁の守備についたのです。残念ながら、ファールフライを捕る機会はありませんでしたが、父から「甲子園は1球で人生が変わる」と教えられてきた加藤選手は、この舞台に立てただけでも幸せだったと言うべきでしょう。

この伝説の試合、あの加藤一塁手が転倒せず捕球し、試合が終わっていたら、ここまで語り継がれることはなかったでしょう。

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