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2011年8月 6日 (土)

【東京】隅田川を歩く④ 新大橋~清洲橋

真夏には、川沿いというのは、一見、涼しげで、風も抜けるので、しのぎやすそうですが、直射日光の下は、さすがに暑い!

隅田川テラスには、散歩やジョギングされる方の姿が多く見られますが、昼間は避けて、昼下がりから夜にかけての時間にシフトする人が多いようです。

さて、前回の両国橋から下流へと向かいます。ここは東側、西側ともに隅田川テラスを歩くことができます。東側を通っていた首都高速6号向島線が、ここで隅田川を渡って西側へと進路変更します。

Img_6078 そして、首都高が対岸に渡る所は、竪川(たてかわ)との合流地点になっており、隅田川テラスは、一旦ここで途切れます。

Img_6080 ここには、竪川水門があり、首都高速6号向島線と竪川の上を走る7号小松川線と合流します。一旦、一般道に出て、竪川に架かる一之橋を渡ります。この川を境に、江東区に入ります。

Img_6088 隅田川テラスに戻ると、見えてくるのが新大橋です。

Img_6128 この新大橋は、中央区浜町2丁目と江東区新大橋1丁目を結ぶ橋で、この通りも新大橋通りと呼ばれています。
「新大橋」という名前から、新しい橋のように思えますが、最初に架けられたのは1693年と古く、両国橋が「大橋」と呼ばれていたことから、それに続く橋として、このように命名されたものです。江戸の古地図にも、新大橋の名を見ることができます。

Img_6125 橋の途中には、当時の新大橋の様子を描いた絵があります。江戸の中心であった日本橋と深川を結ぶ、重要な橋であり、深川の発展に大きく貢献した橋でありました。

当時の橋は、200mほど下流にあったそうで、1912年に現在の位置に移転しました。現在の橋は、1977年(昭和52年)に架け替えられたもので、旧橋は明治村に保存されています。

この橋から、東岸を下流に歩いた所に、芭蕉記念館があります。

Img_6130松尾芭蕉が、芭蕉庵を構えていた、ゆかりの地になります。この日は、すでに閉館しており、入ることはできませんでしたが、芭蕉庵の様子を再現したものを見ることができます。

隅田川テラスへ戻ります。ここから少し下った所に、小名木川との合流地点がありますが、隅田川テラスはこの川にも続いており、この川に架かる萬年橋付近から見る清洲橋が最も美しいという表示があります。

Img_6094 萬年橋を渡って、隅田川テラスに戻ると、清洲橋はすぐそこです。

Img_6121 清洲橋は、中央区日本橋中洲と江東区清澄1丁目を結ぶ橋で、ここを通る通りも清洲橋通りと呼ばれています。

関東大震災の復興事業として1928年(昭和3年)に、ドイツのケルンの吊り橋を模して架けられたものです。

Img_6103 江戸の頃、ここには、中洲の渡しがあったそうですが、中央区側は、「日本橋中州」の地名の通り、当時は隅田川の中洲でありました。現在は埋め立てられて日本橋浜町と地続きになっていますが、当時は中洲の渡しで月見などを楽しむ人々がいたことが書物に残されています。

実は、この橋、自宅マンションの目の前にあります。数年前、この橋は重要文化財に指定されましたが、この橋の西詰の狭い場所に黒塗りの車が停まって、「なんだろう?」といぶかしげに見ていたところ、重要文化財指定のプレートが貼られたのを見て納得しました。

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コメント

隅田川散歩さんの東京(江戸)案内シリーズ、私にもっと東京の土地勘があれば更に面白いのだろうと思います。
地理歴史は得意分野ですが、たまに東京に行っても、圧倒的な人口、喧騒に圧倒され、ゆっくり地域を巡ろうという感じになりません。
隅田川散歩さんが居住する辺りは再開発された地域でいわゆるウォーターフロントかつ下町地域という認識でよいですか?

投稿: 稲口町 | 2011年8月18日 (木) 07時26分

稲口町さんは、名古屋から来るので、いきなり東京駅の喧騒から始まるため、そう感じるのでしょうね。
江戸の歴史をしのばせる場所は、結構、目立たない所にひっそりとあったりします。
ウォーターフロントというのは、中央区では隅田川の下流、月島地区と呼ばれる地域になり、私が住んでいる場所は、早くに埋め立てられた地域です。
日本橋地区は、江戸の頃から代表的な下町ですが、周辺は事業所やマンションが建ち並んでいて、下町と言うにはちょっと違う感じですが、人形町など下町風情を残す街も近くにあります。

投稿: 隅田川散歩 | 2011年8月18日 (木) 17時52分

記述が江戸時代まで遡ると、池波正太郎著の鬼平犯科帳とオーバーラップします(^O^)

投稿: 稲口町 | 2011年8月18日 (木) 18時47分

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