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2010年6月

2010年6月29日 (火)

【ミステリー】「誤審」

サッカーW杯、盛り上がっていますね。本日の日本-パラグアイ戦、見なければいけないので、それまでにブログを書きます。

ただ、「スポーツネタは避ける」と宣言している以上、W杯について具体的に触れることはしません。ただ、先日のドイツ-イングランド戦で、明らかにゴールラインを越えたシュートがノーゴールと判定されたのを見ていて、これを強引に自分のカテゴリーに結び付けることを思い付きました。

今回のW杯は、誤審が多いとの批判が各地から出ているようですが、前述のドイツ-イングランド戦の場合は、明らかにゴールラインを越えていることが映像で証明されており、誤審であることに疑いはないでしょう。解説の小倉隆史氏(だったかな)も断定的に言っていました。
ちなみに44年前、このカード(当時は西ドイツ)の決勝戦で、イングランドの「疑惑のゴール」があったそうで、今回はその真逆になったということです。

ところで、この「誤審」という言葉、主としてスポーツで審判員が誤った判定を下すことを指しますが、裁判においても誤った判決を出すこともこの言葉を使うものと思い込んでいました。
ところが、我が国の裁判は、陪審員の評決ではないので、「誤審」という言葉を使うのは一般的でないようです。昨年開始された裁判員制度は、裁判員が判決に加わる制度で、陪審ではないということ。

通常は、判決が誤っていた場合には、「誤判」という言葉を使うようで、さらにこの言葉も一般には用いられることが少なく、普通は「冤罪」、古い言い方では「濡れ衣」という表現がされます。
家庭裁判所の少年審判は、審判であるので「誤審」という言葉が用いられるかどうかは確認していません。(そもそも少年審判が誤っていたという論議自体が少ない)

海外ミステリーでは、「誤審」という言葉が使われることがあります。これは、陪審制度を考慮して、翻訳家がこのように表現したのかどうかはわかりません。国内作品でも、「誤審」という言葉を目にしたことがあるように思えるのですが、記憶が定かではありません。

スポーツの世界では、映像技術の発達により、誤審が明確になってしまうことが多くなり、ビデオ判定などが用いられることが多くなってきました。プロ野球でも、ホームランの判定にビデオが用いられるようになり、すでに判定が覆った事例も出ています。

よく、一部の評論家などが、「人間が判定するから人間臭さがあっていい」とか「誤審もスポーツのうち」だとか言って、ビデオ判定に反対することがあります。また、ある評論家は、「審判は裁判官ではなく演出家に近い」などと書いています。

こういう意見を述べる人は、旧時代の人間であるか、スポーツの神様の域に達しているかどちらかなのでしょう。大部分の人が審判に望むことは、正確な判定であるはずです。誤審があった場合、勝った方も負けた方も後味の悪さが残ります。機械の目によって、正確な判定がされたほうがスッキリするに決まっています。
それがそのスポーツの伝統であるといって、何の対策(サッカーでいえば審判員を増やすとかビデオ判定とかボールにチップを埋めるとか)も講じないのは、懐古趣味とかではなく、単なる怠慢にすぎないと考えます。

翻って、犯罪捜査においては、科学捜査の進歩などによって、過去の冤罪が証明されるといった事例が出てきています。ただ、現実の犯罪における冤罪は、人為的なミスあるいは強引な捜査、自白偏重などにより発生することが多いようです。
科学的な進歩などによって、減少するはずの冤罪がなくならないのは、それによって人為的なミスが防げないことの証明でもあります。捜査関係者や検察、さらには裁判官が劣化しているのだという断定はしませんが。

ミステリーの世界のように、名探偵がすべてを解き明かすということは、現実の世界では難しいでしょう。ここにホームズやブラウン神父がいてくれたら、などと思う捜査官はいないとは思いますが。

ところで、ミステリーでも、すべての真実が明かされる訳ではありません。以前にブログに書いた、ジョン・ディクスン・カー「火刑法定」がそうですが、カトリーヌ・アルレー「わらの女」も有名です。
裁判のシーンがあり、最終的に誤審なのかどうかわからないという面白さがあるのは、フランシス・アイルズ「殺意」です。未読の方のために、これ以上触れませんので、ぜひ手にとっていただきたい作品です。

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2010年6月16日 (水)

【ミステリー】隅田川散歩の事件簿③~解決編

またしても長期間更新を怠ってしまいました(汗)。

世間では、サッカーW杯が開幕し、菅政権も発足したことだし、スポーツネタや政治ネタなら、いくらでも書けるのでは、と考え、カテゴリーを増やすことも検討しましたが、サッカーはそれほど詳しい訳ではなく、政治信条を語るつもりもないことから、断念しました。

前回のミステリークイズから1ヶ月以上が経過し、そろそろ新作を考えねばと思いながら、なかなか思いつかない・・・。「頭の運動」に投稿される方は、よく次から次へと思いつくものだと感心します。どうやら、作家には向いていないようで・・・。

そこで、今回は、前回の解答のみとさせていただき、新作はもう少しお待ちいただくということにさせていただきます。

隅田川散歩の事件簿③~対決!散歩VSキャナリー 解決編

散「狩谷警部、被害者はほとんど日本語の読み書きができなかったそうですね。なのに漢数字の『二』と『三』をダイイングメッセージに使っている。何故でしょう。」
狩「日頃、よく見かける漢字ということでしょうか?」
キ「そのとおり。私が京都に来て、最初に覚えたのが、この漢数字でした。京都には、漢数字がいっぱい使われているし。」
狩「!」「なるほど、このダイイングメッセージは京都の地名を表していると。とすると『二条』と『三条』ということになりますな。でも、それから何がわかると?」
散「被害者は、その二つの通りを横切って通勤していたので覚えたのでしょう。二つの文字の間の線は、その二つの通りの間にあるもう一つの通りを表しているのです。」
狩「御池通り!」
キ「イエス。被害者は『二』と『三』は簡単なのですぐ覚えたけど、『御池』は難しいのでローマ字で覚えたのではないかな。『Oike』と。」
狩「ということは、犯人は大池宏!」
散「そうなりますな。おそらく被害者は、生徒の名前もローマ字表記にしていたでしょうから。」

散歩は、狩谷警部とキャナリーに見送られて、京都駅へと向かった。とんでもない休暇になってしまったが、行く先々で事件に出くわすのが、名探偵の宿命なのか。

散「キャナリーさん、次の対決を楽しみにしていますよ。」
キ「イエス。今度は東京でお会いしましょう。」

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2010年6月 5日 (土)

【駅弁】和牛駅弁あれこれ②

の続きです。

和牛として、松阪牛、神戸牛と並んで名高いのが近江牛です。近江牛は、主として素牛が但馬牛で、滋賀県で飼育された黒毛和種で、格付けによる定義はないようです。

滋賀県内には、米原駅・井筒屋と草津駅・南洋軒の二つの駅弁業者があり、ともに近江牛を使った駅弁を販売しています。

米原駅では、長く「近江牛ステーキ弁当」が販売されていましたが、現在は「近江牛」の文字が消えています。現在、「近江牛大入飯」と「近江牛勝負刻」(3500円!)がありますが、どちらも残念ながら未食。今度、ぜひ購入したい二品です。

よって、ここでは、草津駅「近江牛すき焼き弁当を紹介します。

Photo_3

Photo_2 ブランド牛である近江牛をたっぷり使用しています。すき焼き風の味付けですが、関西にしては濃い目の印象です。肉質は柔らかく、文句なし。このくらいの厚さの方が食べやすくていいです。

南洋軒は、「お鉢弁当」や「近江タヌキの開運万福めし」などアイディア溢れる駅弁を開発していますが、現在は駅ホームに駅弁売り場がなくなり、改札外の売店のみの販売です。この「近江牛すき焼き弁当」も、予約販売になっています。ただし、京王、阪神などの駅弁大会には出品されることもあるようです。

「三大和牛」と称する場合に、松阪牛、神戸牛ともう一つを、近江牛とする場合と米沢牛とする場合があります。

それほどに知名度が高い米沢牛ですが、米沢駅の駅弁業者二社がともに数多くの和牛駅弁を販売しているため、和牛を使った駅弁という意味では米沢がNo1と言えるでしょう。

米沢牛の呼称には、日本食肉格付協会の格付けによる制限があり、山形おきたま農協の登録商標でもあります。そのため、新杵屋の超有名駅弁「牛肉どまん中」には、以前あった米沢牛の表記はなくなっています。

もう一つの駅弁業者、松川弁当店には、米沢牛を名乗る駅弁があります。

Photo_4 「米澤牛焼肉重 松川辨當」です。掛け紙には、立ち売りの絵が描かれており、駅弁名も旧書体で、レトロな雰囲気を醸し出しています。1500円と高価ですが、それに見合う品質と量が確保されています。
東京駅の「駅弁屋旨囲門」で毎日買えますが、「牛肉どまん中」や「牛たん弁当」などとNo1を争う逸品です。

現在のデフレの折、高額な駅弁を販売することは、冒険であるように思えますが、価格に見合うものであれば売れるのも事実です。あえてブランド牛を使用して、コンビニ弁当などとの差別化を図ることも、駅弁の生き残り戦略として有効であると考えます。

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2010年6月 4日 (金)

【旅】房総半島の旅

6月2日から4日まで、親族一同とともに房総地区へ旅行に行って来ました。近場なので「旅」というイメージは薄いですが・・・。
もっとも、親族の多くは、四国から来ていますので、決して近場ではないのですが・・・。

Img_4739 鋸山から望む東京湾の風景。

鋸山は、古くから採石が行われていたらしく、そのために鋸の刃のようになってしまったことから名づけられたとのことです。もともと高いこと所は苦手なうえ、階段の上り下りもきつく、もう一度行きたいとは思いませんが。

Img_4751 勝浦海中公園の海中展望塔です。太平洋を一望できます。普段、瀬戸内海を見慣れている親族一同からは、島がなく水平線の見える景色は斬新だったようです。

Img_4750 イシダイの模型です。この魚も展望塔の海中部で見ることができました。

勝浦では、朝市にも行きましたが、日本三大朝市の一つに数えられるにしては活気は今一つのように見えました。聞けば、ここでも後継者問題が深刻であるそうで、勝浦市の人口も減少傾向にあるようです。東京から遠くない地理的条件ではありますが、通勤圏でないここは、「地方」と言っていい状況にあるのでしょう。

Img_4759 帰りに立ち寄った、東京湾アクアラインにある「海ほたる」です。通行料金の高さがネックでしたが、現在は期間限定で料金が引き下げられており、時には渋滞もあるとのこと。割引期間は、2011年3月までですが、延長されるかどうかは、その時の状況によるようです。

今回感じたことは、千葉県というのは、東京への通勤圏を過ぎると、一気に「地方」になってしまうこと。南房総は、観光資源はあるものの、行川アイランドは閉園となって久しく、鴨川シーワールドは、以前ほど都内の駅などで広告を見かけなくなりました。もっとも、夏には海水浴客で賑わうのでしょうから、今は季節的に観光は低調なのでしょう。

最後に、わがまま揃いの親族のために幹事を務めたG君、お疲れ様でした。今後も期待しています。

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