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2010年3月

2010年3月31日 (水)

【駅弁】各JR系駅弁業者の問題点

このブログから駅弁ネタが少なくなり、上ちゃんや稲口町さんあたりから、「駅弁から興味が失せてしまったのか」と思われそうです。事実、このところほとんど駅弁は収穫していません。
先日、徳山から上京する知り合いがいたため、駅弁を頼もうとしたら、航空機利用とのことで断念。やはり岡山以西になると、航空機を選択する人が多いのは仕方がないところでしょう。

理由としては、勤務時代に比べ、東京駅、上野駅に行く機会が減ってしまい、出張もなくなったこともあって、あまり駅弁に接することがなくなってしまったことがあげられます。もっとも、東京駅はすぐそこなのだから、「旨囲門」でいつでも買えるではないか、とツッコミを入れられそうですが、大丸東京店をはじめ日本橋には三越、高島屋もある地理的条件から、どうしてもデパ地下の方に足が向いてしまう現状であります。

新たな駅弁情報を載せることができないので、ここでは、駅弁ネタにはよく登場する、日本レストランエンタープライズ(NRE)など、各JR系の駅弁業者について触れたいと思います。

駅弁愛好家からは、従来の駅弁業者を圧迫し、撤退・廃業に追い込んでいるとの批判が絶えないJR系駅弁業者ですが、NREはJR東日本の子会社で、他にJR東海系列のJR東海パッセンジャーズ(JRCP),JR西日本系列のJR西日本フードサービスネット(JWFSN)があります。

これらのJR系業者のルーツは、かつて、「旅のレストラン」のキャッチコピーで全国の食堂車で営業していた日本食堂(日食)です。日食は、もともとは昭和13年に、伯養軒(仙台=現在も駅弁販売)、精養軒(上野精養軒でおなじみ)、東松軒(現水了軒=大阪の駅弁業者)、みかど(神戸=現在も新神戸駅構内で喫茶営業)などが共同出資してできた会社で、長く食堂車の営業に携わっていました。

昭和50年代の東海道・山陽新幹線では、食堂車の営業を、日食の他に、ビュフェとうきょう、帝国ホテル列車食堂、都ホテル列車食堂が請け負っていました。日食の独占批判を避けるために、当時の国鉄が他社の参入を認めたとの噂がありますが、かの帝国ホテルが食堂車の営業をしていたのは、今となっては驚きでしょう。

当時、日食は東京、上野駅(他になぜか長崎駅)などでのみ駅弁を販売し、車内販売では沿線の業者の駅弁を販売していました。いわば、当時は地元の駅弁業者と共存していたわけです。

国鉄の分割民営化に伴い、日食も分割されることになり、日本食堂はJR東日本管内のみとなり、その後NREに社名変更、東海はJダイナー東海(JD)、西日本はJRウェストレストラン(Jウェストラン=JW)、北海道はにっしょく北海道(のちに廃業)、九州はにっしょく九州(のちJR九州トラベラーズ、現在は廃業)に分割されました。(四国はもともと食堂車の営業がなかったため、日食の営業所はなかった)

この日食の分割あたりから、駅弁業者への圧迫が始まったようです。JR東日本には、すでに食堂車の営業はなく(寝台特急を除く)、新幹線の車内販売、仙台、盛岡駅などで駅弁販売を開始しました。その後、JR東日本の子会社となり、車販では、地元業者の積み込みを制限し、駅では自社に有利な販売場所を確保するなど、どんどん規模を拡大していきました。

一方、東海道・山陽新幹線という大動脈をもつJD、JWも、食堂車の経営不振と、新たに登場した「のぞみ」には食堂車がなく、持ち帰り式のカフェテリアが設置されたため、徐々に弁当販売にシフトしていきます。帝国ホテル、都ホテルは食堂車から撤退、ビュフェとうきょうはJDに吸収合併され、代わって東海道新幹線には、新幹線パッセンジャーズサービス(SPS)が参入します。
そして、ついに新幹線から食堂車がなくなり、駅弁販売に主力が移行し、JDとSPSは合併、JWはJWFSNに社名変更。この時はすでに各JRの子会社になっていました。

JR化後に、駅弁業者の撤退・廃業が多いのには、このJR系業者にも一因があることは否めません。
特にひどいと思えるのはNREで、JR東日本管内の業者と合弁会社を作り、そこに営業権を譲渡させるという手法を採っているようです。これに屈していないのは、常盤軒(品川)、崎陽軒(横浜)だけのようです。もちろん、「旨囲門」のように、地方の駅弁をいつでも買えるようにするなど、評価できる面もあるのですが・・・。

JRCPも、ドル箱の東海道新幹線の車販を独占し、のぞみ停車駅では自社の駅弁を販売しています。他にも、多治見駅の件など、ひどい噂もあります。ただ、名古屋駅では、JRCPと松浦商店、名古屋だるまが共存し、質の高い駅弁を供給していること、のぞみ停車駅以外では地元業者が健在であることが、まだ救いがあると思われます。
なお、余談ですが、JRCPの駅弁の製造者住所が「東京都中央区日本橋三丁目」なのはやめてほしい(子会社のトーインの飲料も同じ)。名古屋で買った駅弁なのに・・・、という気がします。

JR西日本も、山陽新幹線での沿線業者の車販をやめたことが、えのき(相生)などの廃業につながったとしたら残念です。今回の山口3駅の業者合併もJR主導とのことで、この管内の駅弁も油断できない気がします。

JRも民間業者であり、本州3社は上場会社でありますから、利益追求は当然のことであり、それを否定するつもりは毛頭ありません。ただ、鉄道会社は公共のものであり、補助金も出ているはずですし、駅構内は固定資産税免除(エキナカは課税されることになったようですが)などの恩恵を受けているはずです。自社の利益ばかりを追求する姿勢には、疑問を感じざるを得ません。また、消費者にとっても、こうしたJRの手法が駅弁の価格の高さに影響しているとしたら、由々しき問題です。

また、駅弁は、日本独自の文化という側面もあります。地元業者を撤退せざるを得ない状況に追い込むことは、この文化を否定するものであると思います。都会で大量生産された(あるいはその下請けが作った)駅弁が、旅行者に常に受け入れられるものか?
地域的な特色も旅情もない駅弁であるなら、コンビニ弁当やエキナカ施設、デパ地下弁当に取って代わられてしまうでしょう。すでに兆候はあると思います。

各JR系業者には、そのあたりを考えて、駅弁文化を絶やすことのないよう努力していただきたいものです。

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2010年3月21日 (日)

【ミステリー】「金田一少年の事件簿」考察

今回は、多少、肩の力を抜いて、漫画「金田一少年の事件簿」(さとうふみや・作画 天樹征丸・金成陽三郎・原作)について考察します。なお、同スタッフによる「探偵学園Q」についても触れます。一部ネタバレあり

ミステリーというのは、小説であることが正道であるという考えは変わらないが、長編ともなると、長時間、ひたすら活字と向き合うことになるわけで、特に活字離れが進んでいると言われる若い人々からは敬遠されがちであろう。

ミステリーに関していえば、小説を読破している人は少数であっても、映画やドラマはよく見るという人や、漫画であれば読むという人は多い。テレビドラマの視聴率が低迷している中で、ミステリーや刑事ものは根強い人気があるようで、潜在的ミステリーファンは相当数であると思われる。

若年層、特に小中高校生にミステリーファンを広げたと思われるのが、「金田一少年の事件簿」と「名探偵コナン」である。ここでは、「金田一少年の事件簿」を考察する。

「金田一少年の事件簿」は、1992年~2000年まで、「週刊少年マガジン」に連載されたが、この連載当時、「週刊少年ジャンプ」を発行部数で逆転している。(その後再逆転)90年代のマガジン絶頂期の看板作品であった訳だが、連載開始当初は、これほどの人気になるとは考えていなかったのではないか。

その証拠に、当初の事件では、ずさんとも思えるミスがあり、何より、安易な他作品からのパクリがあった。

ファイル1「オペラ座館殺人事件」は、メイントリックが、ガストン・ルルーの古典的名作「黄色い部屋の謎」からの完全なパクリであり、しかもこの舞台の原型となった「オペラ座の怪人」の原作もルルーである。「金田一少年の推理ミス」(世田谷トリック研究会)でも、「ここまでパクって大丈夫なの」と指摘されている通り、かなり気楽に盗用したものと思われる。

ファイル2「異人館村殺人事件」では、メイントリックが、島田荘司の「占星術殺人事件」のトリックそのものであり、これについては、本人から抗議を受け、その後の版では、その旨の記載がなされ、ドラマ版のソフトでは欠番となっているそうである。また、この事件のもう一つのトリック、ベッドを釣り上げるというのも、ロナルド・A・ノックスの「密室の行者」のものである。

この件に関しては、週刊文春が指摘し、講談社がその回答として、トリックの模倣があることを認めたうえで、問題なしと回答したが、メジャー誌の看板作品でこれはまずいというのが、率直な感想である。

さすがに以降の作品では、オリジナルなトリックが用いられるようになり、ファイル5から14までの出来は出色である。この時期が、この作品の全盛期であったように思う。

この作品には、「真相当てクイズ」というのがあり、読者への挑戦状として懸賞クイズを実施していた。かくいう私も、マガジン発売日に購入して真っ先にこの作品を読んで推理したものである。

Img_4636 これは、懸賞に当選した際の景品のテレフォンカードである。講談社の社名入り茶封筒に、テレフォンカードが入っているだけというあっけなさに驚いたものだが、「商品の発送をもって発表に代える」とは、こういうことなのか。
ちなみに、当選したのは、ファイル13「怪盗紳士の殺人」であった。

この頃の事件は、よく読み、合理的に考えれば推理できるものが多く、興味をもって読んだものだが、20世紀終盤になると、マニアックなトリック(注射器で血液を抜いて体重を軽くする、自身の成長を停止した少年など)や特別な知識が必要なものが増えてきたため、やや興味が薄れてしまった。

特に、「地獄の傀儡師」高遠遥一が登場する作品は、あまりに超人的、非現実的であり、素人の少年探偵が主人公の作品には、ミスマッチであるように思う。同じことは、「探偵学園Q」の「冥王星」とりわけケルベロスの存在にも言える。「探偵学園Q」がイマイチだったのは、この設定にあったと言ってもいいのではないか。

金田一少年は、高校生であるから、それ相応のプロットの事件がもっと多ければと思うが、それだけではネタに詰まってしまうのだろう。だからといって、超人的な犯罪者との対決というのはいただけない。

ただ、高校生探偵という設定自体がもともと無理があるのであるから、これだけの作品を描いたという点では、敬服に値する。ノベルスも出ているが、小説としても高い評価ができる出来であり、原作者はミステリー作家として十分な資質を持っていると言える。

ところで、原作者は、明智警視、リュウのような万能の天才が好きなようである。さらに、明智警視の他にも、不破鳴美、小城拓也などの東大卒、マサチュセッツ工科大やハーバード大まで登場する。学歴コンプレックスでもあるのか。金田一もキュウも、学校の成績は良くないという点で似ており、学校の成績と推理力は別物という考えが強調されすぎのような気がするのだが・・・。

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2010年3月16日 (火)

【グルメ】東京デパ地下物語①~ステーキ弁当編

デパートの売上の減少が深刻な状況にあるようです。先日も伊勢丹吉祥寺店が閉店しましたが、他にも閉鎖予定の店舗があり、今後、合理化や業界全体の再編が続くことと思われます。

これほど人が集まる東京の繁華街にしてこの状況では、地方は推して知るべしなのでしょう。紳士服売り場など、客より店員の数のほうが多いのでは、と思わせることがあります。

そんな中、デパートの再生の鍵を握っているのが、いわゆる「デパ地下」、地下の食料品売り場でしょう。デパートでは、催し物を最上階で行い、階下の売り場にもその影響を及ぼすことを期待するのが恒例となっていますが、これを「シャワー効果」と言うのだそうです。
それに対して、地下の食料品売り場から上階に影響することを期待して、「噴水効果」という言葉が使われるようになりました。もともと、京王百貨店新宿店が、高島屋の新宿進出に対抗して、ターミナル駅に隣接している利点を生かして、デパ地下戦争を仕掛けたということです(異説あり)。

ここ数年のデパ地下の充実ぶりは目を見張るものがあります。しかも、従来の家族向けだけでなく、単身サラリーマンやOL向けに一人用の総菜や弁当が多いことも特徴です。また、昨今のデフレの影響からか、名店といえども千円前後の値段のものが目立つのも、買いやすい理由でしょう。

かくいう私も、ときどきデパ地下で弁当類を購入します。最近は、男性の姿も多く、主婦層の独壇場だった時代とは隔世の感があります。こうした層を取り込むことも、デパートにとって課題でしょう。

デパ地下では、うろついた揚句、「浅草今半」や「まい泉」といった無難な有名店に落ち着くことが多いのですが、これほど多くの名店が出店しているのですから、目移りがして困るのが現状です。ここでは、これまでに購入したデパ地下グルメを紹介します。
なお、購入時期が古いものもあり、現在は売られていないものもあるかも知れませんが、ご了承ください。

Photo_2  大丸東京店に出店している「銀座四丁目スエヒロ」の「炭焼きステーキ弁当」です。ステーキの名店が作る弁当で、ステーキ丼タイプのものはスーパーなどでも売られていますが、ここの商品はその高級バージョンと言えるでしょう。弁当は数種類あり、この商品は1,575円。やや高めですが、ステーキなので仕方がないところです。
大丸東京店は、東京駅に隣接した絶好の立地だけに、時間が遅いと売り切れもしばしば。東京に来られた方にも買いやすい場所です。

Photo_3 同じスエヒロの「炭焼き和牛ステーキ弁当扇」です。こちらは和牛と銘打っている通り、ここでの最高級弁当です。2,100円。ステーキの量は少なめですが、和牛だけに仕方がないところでしょうか。

ステーキは、冷めると味が落ちるためか、弁当には仕立てにくいようで、デパ地下でもあまり見かけません。そんな中、このスエヒロに対抗する商品を見つけました。

Photo_4 三越銀座店「ステーキ亭」の「ヒレステーキ弁当」。ヒレステーキがびっしり敷かれています。1,470円ですが、この日は閉店間際で半額!。
弁当には、冷めても固くならず、脂がないヒレ肉が向いているようです。量、質、値段ともに納得の一品です。

今半をはじめ、すき焼、焼き肉タイプの弁当は多く見かけますが、ステーキを弁当に仕立てるという挑戦に拍手を送りたいと思います。

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2010年3月13日 (土)

【東京】生きている商店街~戸越銀座

税理士として活動していると、この時期は、普段行くことがない個人事業の方のところへ訪問する機会が多くなります。これまで行ったことがなかった、戸越銀座に行ってきました。

Img_4601 東急池上線の戸越銀座駅です。戸越銀座商店街沿いに駅改札口があり、商店街には踏切があります。

戸越という地名は、「江戸を越えた土地」という意味の「江戸越え」に由来しているそうです。品川区にありますが、前にこのブログでも触れたとおり、現在の品川区が東京市に編入されたのは昭和に入ってからで、それまでは、この地域は荏原郡平塚町、その後荏原町と呼ばれていました。
江戸時代には、品川宿が東海道1番目の宿場町であったように、この地域も江戸には属していなかったことから、「江戸越え」と呼ばれたということでしょう。

Img_4602 戸越銀座商店街です。「銀座」という名のつく商店街は全国にあり、商店街の代名詞のようになっていますが、ここがその第一号です。関東大震災の後、東京・銀座から、壊れたガス発生炉に使われていた耐火レンガを譲り受け、この地に再利用したそうです。その縁から「銀座」と名付けられたもので、その後適当に付けられた(失礼)地名とは違うということです。

Img_4604 都営浅草線の戸越駅です。戸越銀座商店街は第二京浜をまたぎますが、その第二京浜沿いに入口があります。都営浅草線は、泉岳寺駅から京浜急行に乗り入れるのが主力になり、泉岳寺~西馬込間は支線のような扱いになってしまっています。
この駅も、東急戸越銀座駅も、五反田駅から一駅です。

Img_4603 第二京浜の戸越銀座交差点の向こうにも、商店街が伸びています。全長1.6キロ、約400の商店があり、平日でも利用者は1万人以上とのこと。全国の商店街が、いわゆる「シャッター通り」などと揶揄される中で、まさに「生きている商店街」と言えるでしょう。

この近辺は、住宅密集地で、古くからの住民が多く、大型マンションなどは少ないため、下町の雰囲気を色濃く残しています。下町というと、東京の東側、台東区や葛飾区などを連想しがちですが、ここも葛飾区内の商店街などと似た雰囲気があります。

商店街が廃れていく原因としては、大型商業施設の進出、核家族化など家庭環境の変化、買い物に車を利用することの日常化などがあると思います。
人口が多い東京といえども、商店街が廃れている所も少なくなく、新興住宅地には、初めから商店街と呼べるものがない地域もあります。

その点、ここは大型商業施設はなく、古くからの住民が商店街に愛着を持っているようで、それがこの活気につながっていると推測します。また、ターミナルである五反田には、三大副都心ほどには商業施設がないことも、よい方に影響しているかも知れません。
このあたりは、葛飾区内の商店街などと共通点があると思われます。

さらに、商店街には、チェーン店も目立つようになっていますが、地元の商店も頑張っているようです。商店街には3つの組合があるそうですが、なにより、そうした地元の商店主さんの頑張りこそが、この活気を生み出しているのでしょう。

衰退に悩む全国の商店街も、ぜひ参考にしていただきたいと思います。

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2010年3月 6日 (土)

【駅弁】駅弁はどこへ行くのか~業者の撤退・廃業に思うこと

久しぶりに駅弁ネタを書いてみます。ただし、明るい話題ではありません。

駅弁の小窓」の情報によると、山口県の山陽新幹線3駅の駅弁業者、徳山駅弁当・小郡駅弁当・下関駅弁当の3社が合併するとのこと。正確には、新山口駅の小郡駅弁当に、他の2社が吸収合併されるということで、徳山、下関は消滅ということになるようです。

Img_2862 この画像は、2008年11月、引退する0系こだまを追って徳山を訪れた際のものです。たしかに、駅弁の売上は芳しくないだろうという印象を受けました。

Img_2866 徳山駅在来線ホームから見た、徳山駅弁当の写真です。もちろんこの時は、現在の状況を想像もしませんでした。

新幹線駅であっても、山陽新幹線は、福山、相生がすでに撤退(福山は三原の「浜吉」が引き継ぎ)。続いて徳山、新下関も消滅と、どんどん業者が少なくなっています。
この原因としては、駅弁購入者の減少の他に、車内販売の縮小やJR子会社の台頭などが挙げられると思われます。

この現象は、全国的なもので、常磐線水戸駅も時刻表の駅弁マークが消えたとのこと。

Img_0110 2008年2月、水戸駅コンコースの駅弁売店の様子です。当時は、鈴木屋と芝田屋の2社がここで駅弁を販売していました。鈴木屋は「印籠弁当」、芝田屋は「黄門弁当」など、水戸黄門にちなんだユニークな駅弁が人気でした。

このような、駅弁業者の撤退、廃業などのニュースを聞くたびに思うのは、駅弁がその歴史的役割を終えつつあるのではないかという危惧です。列車での移動に駅弁が欠かせなかった時代とは違い、列車のスピード化や停車時間の減少、さらにはコンビニやエキナカ施設の台頭など、外的要因はさまざまあり、これは時代の流れで仕方がないことでしょう。

ただ、駅弁業者の側にも問題がないのか、と言われると、即座にNoとは言えないのも、残念ながら事実でしょう。このブログの読者には、駅弁愛好家の方も多いので、言いにくいことですが、あえてここでは持論を書きます。

まずは、値段の高さ。このデフレ時代に、通常の幕の内弁当が1000円前後というのはどうか。特殊な素材や調理法を用いているのならともかく、どう見てもその価値なしという駅弁が少なからずあります。
デパ地下に進出している名店であっても、1000円を超える商品は売れにくいようです。そのような時代ですから、価格設定を見直すべきでしょう。

崎陽軒の「シウマイ弁当」が780円、「峠の釜めし」「だるま弁当」が900円。売れ筋商品はちゃんとそれに見合う価格です。「この価格でないと採算が合わない」などと言う人は、殿様商法だった国鉄時代に毒されているか、現代の商売というものを全くわかっていないと断言します。今の時代に、売る側の論理で通用する商品は限られています。

次に、お客さんが買いたくなるような商品開発でしょう。仙台、米沢、名古屋、松阪、神戸などの業者は、そういった企業努力によって高い評価を得ています。ライバルはコンビニやエキナカの業者であるわけですから、より一層の努力が必要です。

後は、今の時代、駅弁だけでは事業が成立しないのも事実です。駅弁は駅で売るもの、といった硬直化した考えは持ちません。森の「いかめし」や厚岸の「かきめし」、長万部の「かなやのかにめし」などは、だいぶ前から全国の実演販売を主力にしています。駅での販売条件の不利を補うためには、このような手法もアリと思います。

また、「峠の釜めし」のようにドライブインでの販売や、空弁、道弁への進出も積極的にすべきでしょう。鉄道の衰退と運命を共にする必要はありません。富山の「ますのすし」のようにどこにでも進出して売れれば理想でしょう。
崎陽軒の「シウマイ弁当」は、駅でもよく売れていますが、首都圏のデパートにはたいてい売り場があり、おそらくこちらでの販売の方が多いはずです。当然、ここでは、「デパ地下戦争」に巻き込まれる訳ですから、それに勝ちぬける商品でなければなりません。

京王百貨店の駅弁大会の盛況ぶりを見ると、どこに危機があるのかと思わせますが、これは、一部の有名駅弁にのみ人気があるのであり、また、お客さんの中には、京王のみ行くという人も少なくないと思います。

はたして今後、駅弁はどこへ行くのか。しぶとく生き残るのか、新たな展開を見せるのか、はたまたノスタルジアの対象となってしまうのか。応援しつつも、現状打開に向けた業界の奮闘に期待したいと思います。

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2010年3月 3日 (水)

【音楽】ひなまつり☆LIVE

本日3/3はひなまつり。といっても、本来なら何の縁もないのですが、Mioちゃんことながしまみおりさんが出演する「ひなまつり☆LIVE」、中板橋のネパールレストラン「タンドリー」に行ってきました。

用意された席が、なんと出演者のすぐ横、というより斜め後ろ。この位置からだと、後ろ姿かよくて横顔しか見えません。

Photo_2 Photo_3 Mioちゃんがこちらを向いた瞬間をとらえましたが、うーん、なかなかピントが合いにくい。

というわけで、改めてポーズをとってもらいました。

Photo_4 今回は、ひなまつりということで、いつもとグッと趣きを変えた衣装です。

通常のライブと違って、一方的に聴かせるだけではなく、みんなが参加する構成や、子供の頃を思い出させる歌を交えたのもよかったと思います。

それよりなにより、料理がたっぷりと出てきたのには驚き。しかもナンは食べ放題!ライブでは満足に食べる物がないことが多いので、これはgoodでした。人間は、食欲が満たされると和やかになれるもの(笑)。終始、明るい雰囲気の中でのライブでした。

Photo_5 両脇の方は、同じテーブルにいらしたMioちゃんの仕事仲間の女性です。さすがレポーターだけあって、明るく話し上手。またどこかでお会いしましょう。

なお、共演のまり子さんの写真は撮れませんでした。すみません。横顔も写らないアングルだったので・・・。

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