2016年10月24日 (月)

【プロ野球】ゲタを履くまで安心しません

黒田が引退を発表して迎えた日本シリーズ。幸先よく地元で連勝しました。

これで32年ぶりの日本一は楽勝!と言いたいところですが、勝負はゲタを履くまでわからない。なにしろ、1986年、先に3勝しながら第8戦までもつれこみ、西武に逆転日本一を許した時のことを忘れてはいないからです。

現役最後の試合となった山本浩二を、日本一で送り出すことはできず、秋山にはバク転され、屈辱的な一戦となったことを、今でもはっきりと覚えています。

ここまでの二戦、広島が戦略とチームワークで勝ったのに対し、日本ハムは大谷一人に寄りかかりすぎて、大谷で初戦を落としたことで、大きく歯車が狂ってしまったようです。

初戦は、松山の4番起用が当たり、第二戦も小窪の起用が当たったように、今年の広島は、ベンチの采配も神っていますね。
ただし、第2戦は、走塁ミスが何度かあった。判定が覆ったあのプレーも、田中の神スライディングでタッチを避けたからセーフになったもので、判断としては失敗でした。

さらに、こうした流れが変わりそうなプレーのあと、一気に集中攻撃しビッグイニングにする、今季のレギュラーシーズンと変わらない見事な攻撃でした。
あとは、鈴木誠也に一本ほしいところです。

これで、札幌に舞台を移しての第三戦。黒田が先発します。現役最後の登板になるかもしれないこの一戦、ここで勝てば、ムニャムニャ・・・。ゲタを履くまで、その先は言いません。

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2016年9月11日 (日)

【プロ野球】25年間の思い結実

ついに25年間の苦労が報われました。広島カープ、25年ぶり7度目のリーグ優勝達成!!!

初回に先発黒田が坂本に2ランを浴びましたが、これはちょうどいいハンデくらいに考えていました。ただ、初回の黒田のピッチングには、多少の不安はありましたが、マイコラスに球数を投げさせる戦術は、意外に早く効果が現れ、神ってる男・鈴木誠也の連発で試合を決めました。
黒田の後、今村-ジャクソン-中﨑のリレーで逃げ切りましたが、3人とも三者凡退では終わらなかった所も、今年のカープらしいところでしょう。

巨人は、エラーが失点に結び付き、特に8回の集中力を欠いたようなプレーは残念でした。また、優勝決定後、そそくさと引き揚げ、ベンチには誰も残っていませんでした。屈辱的なのはわかりますが、相手の胴上げを見て、その悔しさをバネにするということも必要で、この巨人の態度はいただけない。

私は、よく聞かれる「巨人を倒してこそ王者」という言いぐさには、かねてから反発していました。どこまで上から目線なのか。球界は巨人を中心に回っているという驕り以外の何物でもない。もっとも、今そう思っているのはマスコミとナベツネだけかもしれませんが。
しかしながら、そういった言葉があるからこそ、巨人を倒しての優勝は、やはり格別のものがあります。

オールドファンには、25年間、待ちに待った優勝でしょうが、若いファンは、「広島って6回も優勝していたんだ」と思う人も多いのではないでしょうか。確かに1970~80年代に、黄金時代がありました。今年のチームが、当時より強いかどうかは、いろんな見方があるでしょうが、当時とは決定的に違う所があります。そう、大多数のファンの声援です。

かつての広島は、一部の熱狂的なファンに支えられたチームで、広島以外、特に関東地区のファンはまれでした。それが、近年のカープ女子をはじめとして全国にファンが広がり、この試合でも、東京ドームを真っ赤に染めてしまうほどになりました。
今回のリーグ優勝はもちろんうれしいことですが、この多数のファンの声援がもっともうれしい。黒田も新井も、さまざまな思いが駆け巡っての涙だったのでしょうが、この大声援の中で優勝を味わえた幸せもまた、大きな要因だったと想像します。

ところで、この試合、NHKが総合テレビで放映しましたが、CS放送の日テレG+も完全中継しました。スポーツ紙では、解説は堀内恒夫と書かれていたので、またまた不愉快な解説を聞かされるのかと思っていましたが、なんと、放送が開始されてみると、ミスター赤ヘル・山本浩二がいるではありませんか。
さらに、試合途中から、野村謙二郎前監督も加わり(おそらく急遽だと思われる)、日テレとはいえ、完全に広島優勝モードでの放送となりました。

驚いたことに、日テレG+での中継中に、NHKの放送ブースが映され、この日NHKで解説していた大野豊と小早川毅彦が、前回優勝メンバーとして紹介されました。(さすがにNHKで解説中とは言わなかったが)

日テレのアナウンサーも、普段は露骨に巨人びいきなところ、この試合は広島モード。解説の多くが山本、野村で占められ、堀内はしどろもどろ。
日テレは、まさか胴上げの途中で放送を打ち切るなんてことはないだろうと思って見ていましたが、胴上げをきちんと放送し、試合終了後も広島の応援席を映し出していました。
日テレにしては、まあ合格の報道姿勢でした。

この25年間、球界ではどのようなことが起こり、それが広島の低迷につながったのか、またの機会に検証しますが、今日は素直に喜びを分かち合いましょう。

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2016年9月10日 (土)

【プロ野球】いよいよその瞬間がやってきた

現在、10日(土)午後2時過ぎであります。

いよいよ、カープの25年ぶりの優勝の瞬間が近付いてきました。

前々回のブログで、優勝のXデーは、この東京ドームでの巨人戦と予想しましたが、巨人が中日に三連敗したことで、マツダスタジアムでの胴上げの可能性が出ました。広島は、中日に三連勝したのですが、阪神が甲子園で巨人に三連敗を食らって、その可能性が消えました。

昨日(9日)、巨人が敗れると、広島の試合がない日に優勝決定という最悪の事態になるところでしたが、元広島の大竹寛が踏ん張って、今日まで優勝決定を引き延ばしました。

この巨人との2連戦、黒田が投げる試合で決まるという予想はズバリ的中しそう(もう勝った気でいる!)ですが、黒田の先発は明日だと思っていたので、予想より1日早く胴上げとなることになります。

この日の試合は、NHK総合テレビが試合開始から実況中継するようで、全国どこででも地上波で見られることになります。解説も小早川、大野両氏で、完全に広島優勝シフトとなりそうです。
この日、NHKが実況しない場合、日テレG+で、読売OBのムカツク解説を聞きながら見ることになったでしょうが、このNHKの英断によって、それもなくなりました。

NHKの場合、ニュースでの中断などがありそうで、その時間は日テレG+に切り替えることになるかもしれません。もっとも、読売OBの国会議員様の愚痴、嘆き解説を聞くのも一興かも。

ともあれ、午後6時からテレビの前に座って、その瞬間を待つことにします。

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2016年9月 6日 (火)

【プロ野球】いよいよ今週Xデーか

プロ野球ネタ連発です。
今は、これしかないので(汗)。

前回、カープ優勝のXデーを予想しましたが、先週末の三連戦、広島は予想通り2勝1敗でしたが、巨人が最下位中日になんと3連敗!
さすがにこれは予測不能。特に三戦目は、わざと負けているとしか思えないていたらくで、もし巨人ファンなら、もう試合は見ません。

ということで、今日(6日)からのホームでの中日三連戦で胴上げの可能性が出てきました。
マジック4なので、広島が3連勝しても、巨人が負けなければ優勝は決まらないのですが、甲子園で対戦する阪神もまた、失速がひどく、どん底同士の対戦は予測できません。
今年、阪神は甲子園で巨人に勝っておらず、圧倒的に巨人有利のように思えますが、今の巨人はどこにも負けそうに思えるほどです。
この調子だと、広島の試合がない9日に巨人が負けて優勝決定、という最悪のシナリオもあり得ます。

さて、優勝決定試合ですが、地上波中継は地元だけになるのでしょうか?
当然、J-SPORTS1が受信できれば、見ることができますが、25年ぶりの優勝、急遽実況中継をする局は現れるのか。

いずれにせよ、この三連戦、目が離せません。

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2016年9月 2日 (金)

【プロ野球】カープついにマジック1ケタ Xデーはいつ?

9月24日にマジックが点灯してから、あっと言う間に1ケタに突入しました。
こうなるとさすがに「リメイクミラクル」などという戯言も聞かれなくなり、あとは、25年ぶりの優勝決定のXデーはいつか、ということに興味が移ります。

今日(10/2)から、広島は神宮でヤクルトと、巨人は東京ドームで3連戦が行われます。
広島の現在の好調ぶりから、3タテは普通にあり得ます。控えめに見て、石川か村中を打ちあぐねて負ける可能性を想定しても、2勝1敗ではいけるでしょう。
一方の巨人は、マジック点灯を許してから、モチベーション下がりまくりのようで、本拠地で最下位中日相手でも、1つは落としそうな気がします。巨人は2勝1敗とすると、今週末には、マジックは6になります。

広島は、来週前半、本拠地で中日と3連戦がありますが、ここは3連勝といきたいところですが、福井がいないことを考えると、1つは落とすかも。
一方の巨人は、甲子園で阪神と3連戦。モチゲーションの低いもの同士の戦いで、どうなるかわかりませんが、今年の阪神は上位に弱く、またホームゲームの成績も悪い。巨人は菅野で1つは勝つとみて、この時点でマジックは2か3とみます。

10/9は広島は試合がなく、巨人は神宮でヤクルト戦。神宮で弱い巨人は負けるとみて、マジック1か2で、10/10からの東京ドームでの直接対決2連戦を迎えることになります。

10/10、11のいずれかを勝てば優勝決定という状況であれば、10日にすんなり決まることになるでしょうが、マジック3か4なら、連勝で決定となるでしょう。おそらく11日の先発は黒田。何か黒田が先発する試合で決まりそうな予感がします。

本来なら、地元で決めたいところですが、中日3連戦で決めるには、巨人に負けてもらう必要があり、ちょっと難しいか。この後地元に戻るのは15日になるので、それまでには決まると考えれば、東京ドームで巨人を破って胴上げを見せつけるのもいいかな、と思います。
やめてほしいのは、広島の試合のない日に巨人が負けて決まるパターン。

1975年、カープの初優勝も、当時の後楽園球場で、巨人に勝って決定しました。球団創設26年目の初優勝だったわけですが、それとほぼ同期間優勝から遠ざかってしまいました。
25年前というと、鈴木誠也や中崎は生まれてなく、現在主力の菊池、丸、田中、野村らも記憶にはないはずで、黒田、新井でも中高生だったのですから、いかに長く待たされたかがわかります。

一部のヘボ評論家が、優勝経験がない広島はプレッシャーで苦しむなどと言っていましたが、今のカープのどこにプレッシャーがあるのか教えていただきたいものです。

それにしても、巨人の失速ぶりはひどい。常に優勝を目標にするには当然で、優勝できなければ目標を失ってしまうのもわかりますが、現行制度では、3位以内に入れば日本一の権利は残るわけで、ここはCSに目標を切り替えねばなりません。もっとも、カープからすれば、巨人にはずっと寝ていてほしいものですが。

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2016年8月25日 (木)

【プロ野球】ついに?やっと?カープに25年ぶりマジック点灯!

長らく更新を放置していながら、唐突になんだ?と思われるかも知れませんが、今日は書かずにはいられません。

ついにというか、やっとというか、広島カープに25年ぶりの優勝マジックが点灯しました!

巨人相手に、東京ドームで、菅野を崩して逆転という、これ以上ない展開でマジック点灯にこぎつけたのですから、これ以上、痛快なことはありません。今年は、幾度となく逆転勝利で爽快な気分を味わったものですが、昨日のゲームは、すべての要素が詰まったもので、爽快さは格別です。

スポーツマスコミは、「リメークドラマ」などという英語としても日本語としても意味不明なフレーズで煽っていましたが、これでこのくだらない造語も聞かれなくなるでしょう。
それにしても、スポーツマスコミの節穴解説者、評論家は、とっくに巨人の優勝などないことはわかっているはずなのに、ここまで煽ってきました。やはり(特に関東地区は)巨人ファンが多いので、営業戦略上、そうせざるを得ないのでしょうが・・・。

今年のセ・リーグのペナントレースは、8月7日に決定していました。
9回2死から菊池の同点ホームラン、新井のサヨナラヒットで逆転サヨナラ勝ちしたあの試合です。評論家の中でも、本音を言う江本孟紀らは、「これで決まった」と言っていましたし、ネット上でもそういった意見が多く見られました。私も、この日、優勝を確信しました。
その意味でも、MVPは菊池か新井というのが妥当と考えています。(鈴木誠也君、ゴメン)

さて、昨日の試合に話を戻しましょう。
菅野は序盤から飛ばしまくり、3回まで7奪三振の快投。4回に阿部の2ランが飛び出し、これが昨年までなら、「あ~終わった」と思ったかも知れません。

しかし、今年の広島は違います。5回に安部のソロで1点差とし、6回、なんと福井の二塁打を皮切りに集中打で逆転します。
この試合、日テレG+の読売OBの雑魚解説者は、実に不愉快な戯言をいう人物ですが、この日は、「菅野は飛ばしすぎ」「広島は内容のある三振をしている」と、珍しく的確な解説をしていたのが印象に残っています。
日刊スポーツの宮本慎也は前日には、実に不愉快極まりないことを書いていましたが、一変して、この試合では、菅野の投球について的確な分析をしています。

前日の試合では、ジョンソンが完璧に抑えながら、後期に1本が出ず、あげくに代打脇谷が振ったところにジャクソンの球がいってしまい、サヨナラ負けを喫しました。
いかにも、昨年までのような試合展開に、すっきりしないものを感じましたが、私は、この試合のポイントは、回またぎをしたマシソンにあると思っていました。
前日、2回を投げたマシソンは出てこない。他の中継ぎなら打てる。菅野に完投だけはさせないように、球数を投げさせれば勝てる、広島ベンチも考えたのでしょう。某解説者の言う「内容のある三振」によって、球数を増やし、6回の逆転につながりました。

それにしても菅野は、6回、同級生の田中に同点打を打たれてから、急激に単調になり(捕手の小林も)、連打を食らいました。菅野は、京セラドームで田中に2打席連続HRを食らって悔しがっていましたが、この試合では、特別に田中を意識し、2三振を奪っていたところ、肝心のこの場面で痛打され、完全に状況を見失ったように見えました。

菅野は、打線の援護がなく、勝ち星に恵まれないことで有名ですが、なにか、菅野が投げる試合は、野手との一体感がないように見えます。

その点、全員が一体となって、優勝に突き進むカープ。今後は、25年ぶりの優勝へのカウントダウンをじっくりと見ていきたいと思います。

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2013年10月24日 (木)

【レトロ】今一度KKドラフトを考える

あまりにもブログの更新をしないので、「生きていたのか」という声もありましたが、ちゃんと生きてます(笑)。

さて、今日、プロ野球のドラフト会議が開催されましたが、日刊スポーツに清原和博「オレの魂」というコラムが掲載されました。清原本人は、「ドラフトについて語るのは最初で最後だろう」と書いていますが、ここで、今から28年前の“KKドラフト”を思い出してみたいと思います。

当時のことを知らない人もいるでしょうから、簡単に振り返ってみましょう。1985年のドラフトでは、夏の甲子園を制したPL学園の清原と桑田に注目が集まりましたが、桑田は早くから早大進学を表明し、一方の清原は巨人を熱望していました。
もちろん、指名が競合した場合は抽選になるわけで、希望通りにいくとは限らないのですが、現実は想像しなかった、(清原にとっては)残酷なものとなりました。

なんと、進学希望を表明していた桑田は巨人が単独指名。清原には6球団が競合し、抽選の結果、西武が交渉権を獲得しました。

この時の清原の涙の記者会見は、その後何度も取り上げられており、野球ファンなら一度は目にしたことがあるでしょう。当時の報道では、当初は、高校生の気持ちをもてあそぶような球団の姿勢を批判するものもあったと記憶しています。が、その後、桑田は巨人から指名されること知っていたのでは、との疑惑が浮上し、桑田が批判にさらされることになります。

清原は、当時のことを、チームメイトが「許せん」と言って、金属バットを持って桑田を探し回ったり、学校に抗議や脅迫が殺到した、と振り返っています。
巨人の指名を受けた桑田が、「巨人に指名されてうれしい」「指名されたら行かないと言った覚えはない」と言ったとされ、このことから、巨人と密約があったのではないかとの憶測が流れました。

その後の関係者の話などから、桑田が本当はプロ志望で指名されたら入団する、という情報を西武もつかんでおり、西武は清原を外したら桑田を指名する、という情報を聞いた巨人が、直前に1位指名を変更した、というのが真実であるということです。

当時、社会人一年生だった私の最初の感想は、「また巨人か」というものでした。江川事件の記憶もまだ鮮明だったこの頃、巨人が仕組んだ陰謀だと勝手に想像してのものでした。
ただ、当時の巨人は王監督だったことから、偉大すぎて批判することができず、その分桑田に批判が集中した面もあり、また、まだ高校生がここまでの筋書きを描けるとは思えず、多少、桑田に同情した部分もありました。

この結果、清原は涙を飲んで西武に入団します。1987年の巨人との日本シリーズで、最終戦の試合終了直前に守備位置で涙を流したことは、語り草になっています。
清原自身も、西武に入団して良かったと振り返っていますが、FAで巨人に移籍する際、「くじ引きで自分の人生を決められたので、自分の夢をかなえたい」みたいなことを言っており、この頃はまだ、ドラフトの一件を引きずっていたのだろうと思います。

ただ、憧れの巨人に入団したものの、決して満足できる成績ではなく、ナベツネに屈辱的なことを言われたりと、「巨人は富士山のよう。遠くから見ると憧れの対象だが、登ってみるとゴミだらけ」という感想を述べたとされています。

清原は、たとえ行きたくない球団であっても、指名されたら行きべき、と言っています。例として、弱小時代の楽天に入団したマー君を挙げ、逆の例として菅野を挙げています。(個人的に付け加えるなら長野も)
サラリーマンでも、希望の部署で働ける人は少ないはずで、我を通すより与えられた環境で結果を残す方に共感を覚える人が多いはずだとも言っています。
これに関しては、おおむね同意しますが、自分ですべて責任を負うのであれば、我を通すのもアリ、と個人的には思います。菅野であれば、ブーイングするファンを黙らせる成績を残すしかないでしょう。江川のように、そのキャラでダーティーイメージを払しょくすることはできそうにないので。

さて、ここからがこのコラムの肝です。
桑田に関して、どこか暗いイメージがつきまとうのは、ドラフトの影響であることは疑いありません。もう清原には、ドラフトの一件を問題にするつもりはないようです。清原が問題にしているのは、早大を隠れみのにして巨人に入団しながら、退団後に早大大学院に進んだことです。

桑田が早大をそでにして以降、PL学園からは一人も早大に進学しておらず、一時期は六大学すべてから受け入れてもらえなかったそうです。それほどまでに桑田の行動は多方面に影響を及ぼしている訳で、この事実に対し、桑田は何の配慮もしていないのでは、ダーティーイメージを拭い去ることはできないでしょう。

確かに、KK以降のPL学園は、すぐ下の世代には立浪、片岡、野村、橋本ら錚々たるメンバーがいましたが、宮本が引退した今、現役には、広島のエース・マエケンと阪神の福留くらいしかいません。
PL学園の凋落の原因が桑田の行動にあるなら、その罪は大きいと言わざるを得ません。

KKに対する私の感想は、清原は純粋すぎて、桑田は無神経すぎる、というものです。
両者がもし、野球をやっていなくて、一般社会にいたらどうだったか。
ドラマ仕立てなら、清原が桑田に「倍返し」するかも知れませんが、現実社会は勧善懲悪ばかりではありません。
清原は、ストレートすぎて大組織のトップにはなれないかも知れませんが、面倒見がよく取引先からも慕われる中小企業の社長タイプと思います。一方の桑田は、ずる賢く立ち回りのし上がっていきそうですが、常に敵を作るタイプで、いつ足元をすくわれるかわからない状況に置かれそうな感じです。また、一時、「投げる不動産屋」などと揶揄されたように、金銭トラブルで失脚するのかも知れません。

最後の部分は私の妄想です。ファンの皆様、すみません・・・。

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2013年8月10日 (土)

【レトロ】夏の甲子園最高の激闘は?

GWからいきなり真夏に飛ぶという、いかに作成者が怠慢であることを示す事態となってしまいました。

さて、今年で95回目を迎えた全国高校野球ですが、過去には数々の名勝負が繰り広げられましたが、その中で、最高の激闘はどの試合か?というテーマを考えてみたいと思います。

まず、延長25回という現在ではありえない戦いとなった中京商-明石中。ただ、これは昭和8年(1933年)のことであり、さすがに古すぎて記憶している人もほとんどいないと思われます。両校の選手のうち、最後まで生存していた方も、2008年に亡くなっています。

戦後の記録で見ると、昭和33年(1958年)準々決勝の徳島商-魚津は、初の延長18回引き分け再試合となりました。坂東-村椿の投げ合いで知られ、その後坂東英二の活躍もあって、記憶に残る一戦となりました。(もちろん私はリアルタイムでは知りません)。

続いて、昭和44年(1969年)決勝の松山商-三沢の延長18回引き分け再試合。この試合は、私が松山商の地元出身であることから、記憶に残っています。延長戦突入後、松山商は2度の満塁のピンチを凌いで引き分けに持ち込みました。
三沢の投手は太田幸司。東北勢がもっとも優勝に近づいた試合でしたが、再試合で敗れ、それ以降も東北勢は未だに優勝旗を手にしていません。

そして、昭和54年(1979年)の箕島-星稜の延長18回です。2度リードされながらいずれもホームランで追いつき、ついに18回、箕島がサヨナラ勝ちします。

平成に入ってからは、平成10年(1998年)準々決勝横浜-PL学園の延長17回、平成18年(2006年)決勝の早稲田実-駒大苫小牧の延長15回引き分け再試合があります。

この中で、最高の激闘を選ぶのは難しいのですが、最初の3つは0-0の試合で、リードされて追いつくというスリリング度で劣る。平成に入ってからの2戦は、当事者がまだ現役バリバリであり、このブログの趣旨に合わないという勝手な理屈で却下。

よって、箕島-星稜を史上最高の激闘とします。この当時、私は高校生で、当然、この試合をリアルタイムで見ています。どこがすごかったかと言うと、延長戦突入後、2度リードされた箕島が、いずれも2死からホームランで追いついたこと。特に16回裏の森川選手の一塁ファールフライを星稜一塁手が落球し(取っていれば試合終了だった)、直後に同点ホームランが飛び出したことは語り草になっています。
それ以外にも、14回裏、箕島のサヨナラのチャンスで、三塁走者が隠し球で刺されるなんてこともありました。

実際、この試合を高校野球史上最高の試合とする人は多く、多数の書籍にもなっています。
この年、箕島は優勝し、春夏連覇を達成しました。箕島の石井毅-嶋田宗彦のバッテリーは共に住友金属に入社、都市対抗野球で優勝します。その後、石井は西武に、嶋田は阪神に入団し、それぞれ日本一を経験します。二人とも、高校、社会人、プロですべて日本一になっています。
一方、星稜には、その後広島、中日で活躍した音重鎮がいました。音という珍しい姓だったので記憶に残っています。

今大会、両校は揃って甲子園に出場。残念ながら、両校とも初戦で敗退し、対戦は実現しませんでした。
その中で、面白いエピソードがありました。伝説の試合で16回裏、森川選手のファールフライを落球した(正確には転倒して捕球できなかった)加藤一塁手の息子が途中から父と同じ一塁の守備についたのです。残念ながら、ファールフライを捕る機会はありませんでしたが、父から「甲子園は1球で人生が変わる」と教えられてきた加藤選手は、この舞台に立てただけでも幸せだったと言うべきでしょう。

この伝説の試合、あの加藤一塁手が転倒せず捕球し、試合が終わっていたら、ここまで語り継がれることはなかったでしょう。

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2013年5月 4日 (土)

【旅】世界遺産を巡る旅③ 金閣寺・龍安寺・仁和寺

世界遺産を巡る旅の三日目は、金閣寺から龍安寺、仁和寺という定番ルートを巡ります。

ところが、GWということもあって、金閣寺を目指す人は相当多いようで、金閣寺行きのバスは、途中のバス停では乗れない人が出るほど。そこで、比較的空いている系統のバスに乗り、千本今出川で下車。千本釈迦堂、北野天満宮、北野神社を回った後、金閣寺へ。

Img_89511 入口には、世界遺産の石碑があります。
金閣寺訪問は3回目になりますが、世界遺産に登録される前だったので、これは初めて見ることになります。

拝観券売り場にも行列ができるほどの人出です。ここの拝観券はお札を模したものになっています。

Img_89561 Img_89601 もう説明不要ですね。どこから見ても絵になります。ただ、撮影スポットには多くの人がいて、写真を撮るのも一苦労でした。

金閣寺にはこんな所もあります。

Img_89761 白蛇の塚です。中央にある容器にお賽銭を投げるのですが、なかなか入らないようで、まわりには数多くの硬貨が。投げている人の手が写ってしまいましたが、この人は入るまで投げるそうです。

Img_89801 最後に石不動明王に参拝するようになっています。

さて、金閣寺前のバス停に行ってみると、大行列。皆さん龍安寺を目指しているのですが、周辺道路が大変な渋滞でなかなかバスが来ません。歩くには少し遠いのですが、結果的には歩いた方が早かったようです。

Img_89831_2 龍安寺に到着。

龍安寺は、過去に二度火災に見舞われており、1797年に火災で焼失した際、西源院の方丈を移築しましたが、この方丈の前庭が枯山水の石庭として有名で、この石庭があるからこそ世界遺産に登録されたと言ってもいいでしょう。

Img_89971 写真で見た時は、石庭は広いのかと思っていましたが、意外と狭く、このように参拝客は腰かけてゆっくりと鑑賞できるようになっています。

Img_89911 何やら意味ありげに置かれた石ですが、この意味は謎のままで、見る人の自由な解釈に委ねられているそうです。

Img_89901 ここは建物内も撮影可。

Img_90081 その後は、鏡容池と呼ばれる広大な池をぐるりと一周するコースになっています。

さて、龍安寺を出ると、バス停にはたくさんの人が並んでいます。時間はすでに午後3時を回っており、仁和寺までは歩いた方が早いと思い、歩くことにします。

Img_90141 仁和寺に到着。途中、バスはやって来なかったので、歩いたのは正解でした。

仁和寺は、光孝天皇が着工し宇多天皇が888年(仁和4年)に完成させ、自身が退位後に出家し真言密教の修行をしました。
以後、明治維新まで皇子皇孫が門跡となり、仁和寺は御室御所と呼ばれました。現在、仁和寺は真言宗御室派の総本山となっており、世界遺産に登録されています。

表門を入ってすぐ左手にある御殿に入ります。

Img_90181 ここは、わざわざ“写真撮影OK”の表記があります。内部は撮影禁止の所が多い中、ありがたいですね。

Img_90241 御殿内部の様子。

さらに中門をくぐった先には、五重塔があります。

Img_90381 東寺ほど有名ではありませんが、立派な塔です。

Img_90421 一番奥の正面にあるのが、金堂と呼ばれる本堂です。京都御所の紫宸殿を移築したもので、国宝です。

このように、仁和寺は、由緒ある寺院であり、広大で見どころ満載です。他の世界遺産に比べ、知名度が低いように思いますが、ぜひとも参拝していただきたい寺院です。

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2013年5月 3日 (金)

【旅】世界遺産を巡る旅② 上賀茂神社・下鴨神社

世界遺産を巡る旅の2日目は、上賀茂神社からスタートします。

Img_88231 京都の中心地からはかなり北に位置しており、周辺は自然に囲まれています。

Img_88271 Img_88301今月15日には、京都三大祭りの一つである、葵祭が行われます。本日は、この奥にある本殿と権殿(ごんでん)を特別参拝できます。
左手にある障子戸から中に入り、そこで説明を聞いた後、参拝することができました。

この上賀茂神社は、賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)を御祭神とし、正式名称は、賀茂別雷神社というそうです。その昔、ここの北北西にある秋芳神山(こうやま)に御降臨になり、678年、現在の本殿に御鎮座されたということです。

Img_88361 鳥居を入った所にある細殿の前には、立砂(たてずな)があります。これが神山を形取ったもので、神様が憑代したものとして信仰されています。

Img_88411 また、本日は、渉渓園も特別公開中で、時代装束の着付けも公開されていました。

続いて、同じく世界遺産に登録されている下鴨神社に移動します。

Img_88601 今日は流鏑馬神事が行われる日で、現在、中門から先に入ることができません。

Img_88631 中門の前の舞殿では、流鏑馬神事の前行事が行われており、大変な人だかりができています。

Img_88741 葵祭のクライマックスは15日ですが、葵祭は、5月3日のこの流鏑馬神事から始まるとされています。

流鏑馬の行われる場所に移動しましたが、とても見える状況にないので、あきらめて、入れるようになった中門を入ってみます。

Img_88831 ここは、生まれ年(干支)ごとの守護神が祀られています。

Img_88841 この奥に東西に本殿があり、西本殿に父神様の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が、東本殿に子神様の玉依媛命(たまよりひめのみこと)が祀られています。
一般には下鴨神社と呼ばれていますが、正式名称は、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)というそうです。

この神社の歴史は大変に古く、紀元前から神事が行われたという伝承があり、葵祭は544年から行われています。文武天皇時代の698年には、人が集まりすぎるという理由で流鏑馬禁止令が出されたという記録もあります。

さて、この二つの神社は、鴨川の上流にある方を上賀茂神社、下流にある方を下鴨神社と呼んでいますが。鴨川は、河川法の表記では全体を「鴨川」としていますが、通例として上流を「賀茂川」または「加茂川」と表記し、下流を「鴨川」と表記するようです。
それぞれの神社周辺の地名も、それにならって「上賀茂」「下鴨」となっています。

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